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そして、境界線

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2.




「何だ、それ」
 パソコンを挟んだ向こう側に立っていた先輩が俺の手元を覗きこめば自然と影が出来る。僅かに陰った視界から目線を上げると、存外に近くへ先輩の不思議そうな表情があった。
 眉を顰めて、理解範疇外だと言外に語る。
「ぁ~…浮気、かな」
 手元の資料を良く見えるように翳せば、更に意味が判らないと言って先輩が俺の手から資料を奪い取った。否、差し出していたのは俺だから、表現が乱暴過ぎるけど。
 インターネットからプリントアウトした教会やら大聖堂やらの天井だったり側廊だったりの写真が紙一面に白黒で並んでいるそれは、俺以外が見ても意味はないだろうと思う。思えばやはり、先輩も意味不明な写真群だと言う答えに行き着いて、何だ?と再度の質問の言葉を繰り返した。
 先輩の手の中にある紙切れの写真を一つずつ指さす。
「ぇ~、と、13世紀末装飾式サクスウェル大聖堂、14世紀垂直式グロスター大聖堂、で…14世紀の装飾式エクセター、15世紀垂直式のセント・ジョージ礼拝堂にキングズ・カレッジ礼拝堂」
「………で?」
 否、褒めてくれても良いじゃんか。名称明記無しで覚えてるんだから。
 子供の拗ねるに似た声を出してやれば、苦笑いで先輩が俺の頭を撫ぜた。まぁ、意味はやっぱり判ってないようだけれど。
 どう扱ってよいか戸惑っているのが判る紙切れを先輩の手から受け取って、他の資料と一緒に重ねてパソコンのキーボードの上に置く。モニタはとっくにスリープ状態に入っていて、思い出したように差し出されるペットボトルのオレンジジュースを受け取った。全身青色で二足歩行し人語を解するキャラクターが腰に手を置いてジュースを飲んでいるパッケージと目が合う。
「授業が数学とか物理とかばっかなので、ちょっと浮気してました」
「嗚呼、建部って理数系だもんな」
 流石にずっと数字ばっかり見てるのは飽きるんですよ、と言えば「数字なんか見てるだけで眠くなる」と返ってきたのは昔の話だったが。
 文書で表現されるものよりも、写真や実物、イラストで見た方が判り易い建築様式に逃避していたのだと言外に告げる。本当に逃避になっているかどうかは、俺自身が判っていないけれど。
「本とか、読んでみないのか?」
「本は好きだけど、一回読んだら続きとか気になって戻ってこれねぇもん」
 なんて言いつつ、先輩の部屋に積み重なっている蔵書の半分までしか読破してないから全部読み切るつもりでは居た。さすがに文系の先輩に文学系の話で釣りあえる自信は無い。
 広くはない部屋の片隅、パラサイトしている俺の私物は主に愛用のノートパソコンと先輩のと一緒に洗濯して干してる私服、諸々の生活道具が入ってるバッグ。布団はこの前の初売りで買うまでは寝袋を、何故か部屋の主の先輩が使っていたりした。多いのか少ないのか基準は良く分からないそれらも、いつの間にか気にならなくなって久しい。まぁ先輩が気にしないでくれているからっていうのが一番だけど。
 大学から程近い距離にある先輩の部屋は、閑静な住宅街の一角にあるマンションの3階。ベランダから飛び降りてもギリギリ大丈夫な位置にある。…実際にそんな決死のジャンプをする状況に未だなっていないのは喜ばしい事かどうかは置いておいて。
「へぇ、…ってか、浮気とか言うからビックリしたぞ。お前、宇宮と上手くいってんだろ?」
「……はぁ、まぁ?」
 唐突に蒸し返される、先日の合コンの話に頭痛がした。
 窓の外はすっかり冬の景色になり、例年よりも大分遅い初雪で薄らと町並みが雪化粧されている。電線で休む雀も何処か寒そうで、つい窓を開けて招いてやりたくなる。まぁ、俺の部屋じゃないし、呼んだ所で来るとは思えないが。
 先輩なら、と視線を向けた先では、時計の針が夕方には早い時刻だと告げているのを気にしない指先がプルタブに掛かっていた。ぷしゅ。耳慣れた音が部屋の中に響く。
「…先輩、は、須賀さんと上手くいってないの?」
 あんまりデートとか行かないよね?言外に含めれば、聞かないでと言わんばかりに顔が逸らされる。手の中にある缶ビールがいかにも現実逃避に相応しいアイテムにしか映らない。
 誰だろう、先輩なら何か動物に好かれそうだしとか思った奴は。これは十分にダメ人間だから、目を覚ませよ俺。
 愛機をシャットダウンさせてスペースを広げれば、部屋の真ん中に脚の低いテーブルが出される。ちゃぶ台のようだな、不意に思った。
「麻美く~ん…俺は、どうしたら彼女と、付き合えるでしょう、か?」
 一本空け終わってない内に酔っぱらうのは止めて下さい。ザルのくせに。
「告白してOKだったんじゃないんですか?」
「…OK貰ったけど、デート出来ない…」
 何したんだよ、先輩。呆れて溜息を漏らせば、俺は何もしていないと勢い良く返ってくるのだから空気が読めない人ではないのだ。普通の女の子相手なら円満な恋人生活だって送れているだろうに。
 そこまで考えれば自然と、仮定ではあるが要因に思い至った。この時期だから締切に追われているんだと。小さい頃から姉貴で見てきた俺のキャリアは短くない。
「い、…忙しいんですよ、きっと。3年だし、冬だし、早期割引欲しいし」
「学部が違うから大学では滅多に会えないんだぞ?偶の休みくらい…」
 彼女たちは時に三次元よりも二次元を選ぶんですよ。
 声を大にして言ってやりたいと思いながらも黙っていた俺に乾杯。そこら辺は姉貴に叩きこまれている暗黙のルールだし、何より先輩は女性に夢を見るタイプだ、特に建部のマドンナを恋人に!な人なのだから容易に新たな世界を教えてフリーズさせてもリカバリの方法に不安が残る。
「我ながら健気だな…」
 呟いてしまえば、疲労感に似た何か重苦しいものが背中にどっと押し寄せた。
 ぶっちゃけ、女の子は大好きだ。ストライクゾーンも結構広いし、来るもの拒まずだったからそれなりに付き合ったり云々だってしている。世界の男子、俺以外滅べと思った事のある男子の一人だと胸を張って言えた。
 ぶっちゃけ、そんな俺が男に恋をしている。青天の霹靂とか運命の悪戯とか尤もらしい表現なんて要らない。いっそ鬼の攪乱みたいな表現をされた方が嬉しい位だのに、青春の気の迷いだと思われた状態で1年が過ぎていた。…そう、きっと一目惚れだ。
 こんな、休みの日は夕方から酒を飲み、次の日に1コマから講義が入っていても酒を飲み、小さな冷蔵庫の中をアルコール飲料で満たす事で幸せを覚えるような輩に、俺が!
 女の子に夢を見ていて、どっかの「こりん星から来たお姫様」だって可愛ければ許すとか言っちゃいそうな人。それなのに付き合う相手が悉く腐女子と名される二次元(時と場合により三次元)に生きる特異な女性ばかりで毎年のように某マーケット前のすれ違いで破局への道を辿る不憫な人に。
 指折り数えてしまえば、何やら本当に可哀そうな気分になるのだから先輩には心の中で謝っておくけれど、とりあえず見た目は美人系の受け受けしい人だ。褒める場所が他に見つからなかった訳ではない。
「そこを我慢するのが、男の器量でしょう?」
 俺はここ1年、そりゃもう完璧に耐え忍んでるんだから。パラサイトしてる事実は置いといて。
作品名:そして、境界線 作家名:シント