SORROW CURSE -序-
ただ、つややかで周囲の風景が映りこむほどなのはこちらの方が上だろう。
宝石でできた玉のようだ。
「ラサータラは胸骨の中にあったようだな」
ということは今のは胸骨なのだろう。
それが何かは分からないが。
サフェイロスは大切そうに素手で持っている。
トスィーアが疑問を含めて視線を投げかけると、笑顔があった。
「卵だ。ラサータラの卵。この中に生命を感じる」
「え?」
「魂が犯されるとは、即ち卵にまで呪いが達するということ。そして、これから呪いは感じない…そういうことだ」
「…もしかして…!」
竜の生態については知らないが、今の話からは想像できる。
「ああ、ルヴェリオーはこの中で生きている」
「…ああ!」
サフェイロスの笑顔の理由がはっきりわかった。
「…よかった…よかったです…」
思わず力が抜けて座り込んでしまった。
頬も緩んでしまう。
「えへへ…」
だらしが無いとおもいつつも、とめられない。
見上げればサフェイロスは、いつも浮かべてくれたどこか自信に満ちた笑みではなくて、ただやわらかい幸せそうな表情をしていた。
***
洞窟内を照らす魔法は時限性のもので、一度輝きだすと一定時間まで輝き続ける為妙に力の抜けた二人はそこで休むことにした。
疲れがドッと襲ってきた感じだ。
それに、外に出れば原因がなくなったとはいえゾンビがまだ徘徊しているかもしれないし、居なかったとしても空気が濁っている可能性は高い。
それならばここで休んでしまったほうが良い。
トスィーアは「一眠りしても魔法は持続している」という言にしたがって眠った。
深くは眠れなかったようで、夢を見た。
優しげな見知らぬ青年が出てきて、何か自分に語っている。
その横には、あのやわらかい笑顔のサフェイロスが居る。
(ああ、この人がルヴェリオーさんか)
目が覚めたとき、その容姿は思い出せなかったが雰囲気だけ心に残っていた。
「そろそろ行くか」
軽く食事をして洞窟を後にする。
そのころには砂状になっていたはずの骨の跡も消えていた。
残ったのは卵だけ。
心なしか軽い歩調で二人は外へ向った。
行きはあんなに不気味で不安に駆られた場所。
呪いの元も無くなってそとのゾンビも安眠できると思えば尚嬉しい。
特に、一体今が何時ごろなのかは分からなかったが、明るい外の光が入ってくる場所まで来ると総てが終ったという安堵と高揚がわきあがる。
「…?」
軽い歩調で杖を振り回しそうなトスィーアは気づかなかった。
もともと錫杖に掛けられた力で外界の気配が遮断されていたこともあるが、遮断されていなくても気づかなかっただろう。
サフェイロスは卵を入れた肩から提げた包みをしっかり結びなおして外を睨んだ。
一つ息をついて、気を引き締めなおす。
何か、外にいる。
トスィーアには気づかれないように外まで出ると、時間としては昼前といった時間のようだった。
草木の生えていない入口周辺は日の光がまぶしいくらいに感じられる。
洞窟の入口が一目で見渡せるほどの地点まで来て、トスィーアはそんな光を満喫するように伸びをした。
一方サフェイロスは気配に気を配る。
こちらに害を無そうとはしていないようだが、ゾンビなどとは明らかに違う生命有るものの気配だ。
いまだ呪いが完全に吹き飛んだわけではない昨日の今日で獣が居るともおもえない。
「……」
そして、そんなサフェイロスとトスィーアを見下ろす影が一つ。
それは明らかに人間の形をしていて、二人の姿を見て目を細めた。
否、目を細めた理由はそうではない。
「…そこか!」
今しがた出てきた入口より斜め上方にある崖のように突き出した辺り。
そこに立っていた。
「えっ?!」
何事かとワンテンポ遅れて辺りを見回すと、やっと視界に引っかかった。
金髪の青年が立っている。
青い瞳をこちらに向けている。
感情はうかがい知れない。
そしてトスィーアの思考に引っかかったのは、その耳の形。
エルフだろうか。
先がとがっていて長い。
話で聞いたり絵で見ることはあったが、実際に見るのは初めてだ。
そして、気を引いたのはその身に着けているもの。
「…ルヴェリオー」
「!」
呟きが耳に入ってきたトスィーアはサフェイロスの顔に視線を転じるが、その表情は苦かった。
サフェイロスがサッと印を切って声を上げる。
「ラサータラか!」
特別叫んでいる風ではない。
印に何の意味があったのか分からなかったが、それ以前に内容に驚いてしまった。
たしかに、あれがルヴェリオーの肉体だとすれば入っている魂はラサータラのはずだ。
あの巨大な腐った肉体の本来の持ち主。
金髪の青年もサフェイロスと同じような動作をする。
身に着けているのもサフェイロスと同じもののように見える鎧。
「良くわかったな、人間・・・サフェイロスと呼ぼうか?」
こちらの声も特に大声という風には聞こえない。
声を遠くまで飛ばす魔法なのだな、と軽く了解する。
ラサータラの声は、洞窟の中で聞いたルヴェリオーの声そのものだった。
「あぁ…いや、呼び名はなんでもいい。自分の肉体の消滅に飛んできたか?」
複雑な感情を隠しもせずに問いかける。
「この肉体の持ち主に空を自在に飛べるような魔力はあったか?お前じゃ有るまいし」
「ラサータラほどの竜ともなれば魂に宿る魔力だけで相当なものだろう」
「今はそれほどではない」
「……?」
サフェイロスは「ラサータラは人間嫌い」と言っていなかっただろうか。
それなのにサフェイロスと親しげに…は言いすぎだろうがしゃべっている。
「様子を見に来ようかと思えばこの有様だ。まさか”転生主体”を無事に取り出せすことができるとは思わなかった。しかも人間がそれを果たすとはな」
偉そうな態度だが、感謝の意がありそうだ。
「この者の記憶を見れば、確かにサフェイロスにはできそうだと思ったが…まさか本当に」
「取り戻しにきたのか?」
卵を抱きかかえるようにラサータラの反対側の影に入れる。
「いや。今の私にはそれを育てることもできないし、現在魂を再度入れなおす力も無い。そもそも自分で自分を育てることは不可能だ」
不可能なのだろうか。
トスィーアにはぴんと来るものがなかったが、生態に関係有るのだろう。
「エルフの血を引き、通常の人間より魔力の多いこの者でさえ、洞窟の中に入れなかった。それを果たし”転生主体”を取り出すことさえしたお前なら、それを育てるのに十分な資格を持っている」
「えっ?」
普通は入れもしないということか。
そんなことは考えもしなかった。
そこにトスィーア自身は何の努力も無く入っていってしまったのかと思うと、サフェイロスの力の大きさの一端を改めて知った気がする。
本当に、人間の有する魔力としては無尽蔵といっていいのではないだろうか。
「俺にお前の肉体の成長を助けろと?」
「サフェイロス、お前は喜んで引き受けるだろう?」
ニヤリと笑うラサータラに特に悪意は感じられなかった。
トスィーアも思う。
ラサータラの言ったことは正しい。
「礼にプレゼントをひとつやろう」
作品名:SORROW CURSE -序- 作家名:吉 朋