SORROW CURSE -序-
そんなサフェイロスを慰めるかのような優しい響きだった。
「・・・なんだ?」
顔を上げてもそこにあるのは腐乱したドラゴンの死体だけだが、それでも其れが本来の親友の姿であるかのようにサフェイロスは見返す。
『君のその力で、この体を消して欲しい』
「!」
「!?」
その言葉に拒絶をあらわしたのは二人同時だった。
トスィーアとしては何故そんなことを言うのか分からない。
前述のように、この肉体を消せるのはサフェイロスでないと不可能のようだが。
『この体が消えれば呪詛の混ざった空気は消えるだろう。また、この体に刻まれた呪いがそろそろ最終段階に入る』
「最終段階?」
『この呪いは肉体の腐乱と魂の呪縛だ。本来なら転生すればよいところを転生さえもできずにラサータラがこういう結論を出したのはそこにある。肉体が腐乱すればその気は呪詛となって漂う。魂が、精神が意識を保っているうちは結界を張ることで外への影響を最小限に抑えることもできるが、肉体が腐敗しきると今度は肉体を離れることのできない魂にまで腐敗が及ぶ。そうなれば自我は当然無くなり、狂って・・・その後は分からない』
恐ろしいことになるであろうとは予想がつく。
そういうことなのだろう。
『もう止められないところまで来てしまった。もし君に慈悲の心があるのなら、お願いだ』
「慈悲って・・・俺に対する慈悲は無いんだな」
『君に対する慈悲?有るさ。君は昔から人思いだった。この姿、実はなかなか苦痛だし、これ以上進めば自我が崩壊してあたり一面死の地と化してしまうかもしれない。それを思うと心も苦しい。私の苦しみを消すともなれば君も心安らぐだろう?』
「それは無理やりな思考のすり替えだ」
『でも事実に相違ない。そうじゃないか?』
「………」
ハラハラとトスィーアが見守る中、軍配はルヴェリオーに上がったようだ。
ということは……
『サフェイロス、エンブレムに刻んだ言葉守ってくれていたようで嬉しいよ。私は破ってしまって申し訳ないと思う』
「・・・いや、結局それは変えることのできないお前の美点だったんだろ。大勢の人がお前に感謝してた」
『感謝・・・今尚大勢苦しみから解放できないのにそんなことを言われてもな』
アンデットのことだろうか。
そして、会話の内容から気づく。
今トスィーアが手に持つエンブレムの刻んである文字はサフェイロスがルヴェリオーに向けて書いた言葉なのだろう。
その内容は”自らの命を大切にすること”のようなことだろう。
きっと、あのサフェイロスの胸に輝くエンブレムの裏にも同じように何らかの言葉がルヴェリオーによって彫られているのだ。
『そして、再会したときは酒でも飲みながら語り明かそうといった約束・・・もう無理だな』
「気分だけでも出したんだけどな」
ああ、と地面に置かれた水筒を見る。
中に入っているのは清められ聖酒だが、味は普通のワインだという。
ワインかどうかは地域によって差が有るようだが、おおむねワインのようだ。
サフェイロスは、言われる前から気づいていたのだろう。
***
『有り難う、サフェイロス』
ラサータラの体が閃光に包まれて消える中、トスィーアはルヴェリオーの声が聞こえた。
本当に、芯から優しい人だったのだろう。
そんな人になりたいと、サフェイロスから預かった剣を錫杖とともに抱きながら思う。
大きな魔法なので周囲が崩れるかもしれないとサフェイロスに結界の魔法をかけられた剣を預けられたのだ。それで生き埋めになった際に脱出するための魔法までかけて有るらしいが。
「…ルヴェリオォーー!!」
視界が真っ白に染まって、魔法の発動によって響き渡る、今まで聞いたことも無かったような何かがねじれそうな音のなか、喉が裂けそうな悲痛な声がルヴェリオーの声を追うように響く。
今、この瞬間。
サフェイロスは大切な人を自らの手でこの世から消したのだ。
その声を聞いてトスィーアは考えを改める。
ルヴェリオーだけではない。
優しいのはサフェイロスもで、その二人のようになりたいと。
そんなことを思うと、自然と涙が流れてきた。
それからどれくらい経っただろうか。
閃光は完全に消えて、呆然と立ち尽くすサフェイロスと錫杖と剣を抱きしめるトスィーアの姿がそこに残った。
否。
ラサータラの肉体は完全に消滅はしていなかった。
どの部分かは分からないが、僅かに一部骨が残っていた。
黒い骨だ。
焼けて黒いのではなくて、元々黒いのだろう。
綺麗に輝いて見えた。
「ラサータラに掛けられていた呪いは感じられない。終ったな」
結局崩れてはこなかった天井部を見上げる。
無数の光球がまだあたりを照らしている。
ラサータラの肉体がなくなったことで反対側の壁面も見えるかと思ったが、狭まりながらも奥へずっと続いているようだった。
「サフェイロスさん…」
ルヴェリオーの形見になったエンブレムを渡そうと静かに近づく。
トスィーアの位置からだとサフェイロスの背面しか見えない。
「……」
出会ってから数日しかしていないが、いつも力強く頼もしい背中をしていたサフェイロス。
静かにうなだれる様子がやるせない。
「……」
傍らまで寄ってはみたが、その表情を覗き込む気にもなれないし声もかけられない。
「……トスィーア」
どうしようか考えていたところに、思ったより力ある声がかけられた。
少しほっとする。
「はい」
「剣を貸してくれないか」
「あ、はい」
サフェイロスのものなのだから、用もなくなった今返して当然だろう。
錫杖を自分に立てかけて、両手で前へ差し出すようにサフェイロスに渡す。
受け取る時、サフェイロスはニヤリと笑った。
そんな気がした。
「え?」
直ぐにトスィーアに背を向けて歩き出す。
残った骨の方へ。
「トスィーア。もしかしたらいいものが見れるかもしれないぞ」
真っ直ぐ、或る部分の前に立つ。
骨自体残った量は僅かだが、サフェイロスとトスィーアをあわせた2倍以上は残っているだろう。
そして太さは、最も太い部分でサフェイロスか辛うじて両手を回して手が届くか届かないか。
サフェイロスは片方のグローブを脱いでその部分をなでる。
「?」
すると、剣の鞘を抜き放つ。
はじめてみるサフェイロスの剣の刀身は綺麗だった。
今までもそうだったが、殆どのことを魔法で解決してしまって余り使われていないのではないだろうか。
「・・・っはぁ!」
ガッ
静かな空間に響き渡る音。
途中なにかに引っかかったようだが、サフェイロスの剣は見事にその骨を上から下に貫通していた。
そして、そこからこぼれ落ちるように何かが落ちる。
サフェイロスは鞘を腰に戻し剣をおさめると、それを拾ってトスィーアの元までゆっくり歩いてきた。
心なしか軽い歩調の様な気がする。
ガラガラガラ…
サフェイロスの背では、残った骨が崩れ果て、崩れて終わるかと思いきや砂状となった。
「えぇと…」
サフェイロスが持ってきたのは、片手でつかめるくらいの球形の物体だった。
その色は骨と同じで黒い。
作品名:SORROW CURSE -序- 作家名:吉 朋