SORROW CURSE -序-
要は縄張り争いだろうか。
「それはきっと、ラサータラがその地にいるとは思わなかったのだろ?」
『しかし、古来より手順があるではないか』
「……ま、な」
「?」
分からないことだらけだ。
「・・・トスィーアは知らないか」
「はい」
こんなにも無知だと恥ずかしくなるが、いかんせんフィン教は竜に関する知識が皆無に近いのだ。
「まず新しい地を開墾するときは、そこに先住者がいないか儀式を行って確かめるんだ。この場合は特に竜に対してだな。儀式を行った結果先住者がいなければそこに村なり町なりを作る。いた場合、相手が知性あるものなら話し合う。この話し合いにより、結果としてもっとよい土地に移れることもあるんだ。また先住者がいたほかの場合の例としては、争いになることもある。共存するために作っていた暗黙のシステムだ。・・・そのはずだったんだ」
『最近は竜を敵視する人間が増えてきてな…自らを知性ある生物の長とでも言いたいようだ。害意が無い竜さえも抹殺しようとする』
「そんな・・・ひどい」
ゾンビとなって今にも崩壊してしまいそうな姿でありながらも、このラサータラという竜の声は穏やかだ。
敵意を持つ必要を感じない。
いつのまにかこの竜に同情を寄せている自分がいたが、トスィーア自身は気づかない。
「それで、その時に呪いを受けたのか」
『ラサータラは・・・私は村一つを崩壊させた。その時散った村人の命と自らの命を使って呪術師が放ったのだ』
村一つの命を奪ったというがそれさえもピンと来ない。
『この呪いを解く方法を私は、ラサータラは一つしか思いつけなかった。或る地へ赴くことだ。しかし保たなかった』
「ドラゴンにとってこの地は”狂気の地”だ。その狂気ゆえに”こんな行動”をとったのか?」
『否。この呪いを魂にまで至らせないためにできる数少ない行動の一つだった。媒体として丁度よい人間も現れたということで”こういった行動”にでたのだ』
「?」
話が妙な方向へ流れている。
まったくつかめない。
詳しく聞こうにも、サフェイロスはドラゴンとの会話に集中してこちらの様子はわかってないようだ。
『そこな少年。アレを手にするとよい』
「あ、はい」
ドラゴンには性別もお見通しらしいと、ゆっくり立ち上がって金色のエンブレムを手に取る。
サフェイロスの胸にあるものとまったく同じ意匠だった。
ふと思って裏を返すとなにやら文字が彫ってある。
見知らぬ土地の文字なので読むことはかなわなかったが、手で彫ったらしい其れは誓いでも彫ってあるのだろう。
少し癖のある字だった。
コレの意味も後でサフェイロスに聞こうと思いながら、先ほどと同じ場所に腰を下ろす。
サフェイロスはそれから目をそらすようにドラゴンに真っ直ぐ向く。
「ラサータラは、喰ったのか?」
「!」
今の話の流れからして、何を、誰をという答えは簡単だった。
このエンブレムの持ち主だろう。
『喰らってはいない。その魂を入れ替えただけだ』
「・・・・・・え?」
何を何と入れ替えたのだろう?
何の魂と何を・・・?
『・・・・・・一つ話を聞いてくれないか』
もし呼吸していたのなら、息を一つ吐いたであろう間。
「ああ・・・」
心なしか、サフェイロスはうなだれているようだった。
『長いようで短い話だ』
その声は今までよりずっと穏やかに聞こえた。
『一人の人間の子供がいた。両親ともに優しくそのもの自身も穏やかにくらしていた。しかし、或る日竜の襲撃があった』
只黙って聞くことにした。
『知性の低い竜でな。暴れることしか頭に無かった。子供の両親はともに戦うことができたために村を、自らの子供を守ろうとして命を落とした。早急にやってきた騎士団のちからもあるが、その二人を初めとした村の有志のお陰で村の被害は最小限に抑えられたのだ』
『身寄りの無かった子供はその時やってきた騎士団員の一人に引き取られることになった。その騎士には子供と同じ年齢の息子がいて、二人に同じように接し騎士団の教えを故意にか無意識にか教え込んでいった。その後、二人は時を同じくして騎士団入りを果たした』
そこで、フフフと竜が笑ったかのような錯覚をトスィーアは覚えた。
錯覚だったのだろうか。
『自分より剣技も上で、魔力に関しても他の追従を許さぬほどの一緒に育った者。兄弟であり親友であったその者をつねに誇りに思っていた。自分にできることは、その者の暴走を止めるくらいだと思っていたよ』
「ああ…ああ、そんなことは無いのに」
ラサータラの話に思考を巡らせていたトスィーアにはサフェイロスの小さな独白など聞こえない。
それより、今の話。
魂を入れ替えたといっていた。
ということは、今の話はラサータラではなく「ラサータラの肉体に入れられた人間の魂」その人の事なのだろう。
『騎士団が事実上解散して皆が旅立つ時誓った。竜と人間との調和を目指すと』
「・・・・・・・・・」
こんな姿にされてまで、そこまで思っていられるのだろうか。
思っていられるのだろう。
それは、凄いことだ。
凄い人なのだ。
呆然と目の前の竜を見上げる。
この中にある姿を見たことも無い人を・・・
「ルヴェリオー!」
ガツンと地を叩く音が同時に響く。
鎧同様金属で覆われたグローブを打ち付けたのだ。
その声と音で、我の返ったようにトスィーアはサフェイロスを振り返る。
「あ・・・・・・」
サフェイロスの目からあふれているのは何だろうか。
今の話はそんなに悲しかっただろうか。
いや、今何か言わなかったか?
「ルヴェリオー、誓ったじゃないか!例え何があろうとも命は賭けないと、命を投げ出さないと!」
哀願するようにドラゴンを見上げるその表情は悲壮だった。
大の大人の男が泣くなんて情けないとは思わない。
世界広しといえども唯一の親友だ。
ただ、人が良すぎて自らを投げ出してしまうところがあった。
従騎士として修行中だったころ、サフェイロスの魔法の暴走を身を持って止めたが故に危うく命を落としかけるような事件もあった。
そのときの恐怖がサフェイロスの中にあって、ルヴェリオーにはいつも言い聞かせていたのだ。
『命を大切にしろよ』と。
『サフェイロス・・・コレしか方法が無かったんだ』
「あったはずだ!たとえばラサータラを消し炭にしてしまうとか!」
『・・・そんなことができるのは君くらいだ』
苦笑したようだが、内心トスィーアも同意する。
どうもサフェイロスの魔力というのは常人とはかけ離れた量を有しているらしい。
もう、無尽蔵と言ってもいいくらいだ。
「いや、でも他に何か・・・!」
『もう遅いんだよ、サフェイロス』
その声は静かだった。
サフェイロスも無駄な足掻きだとわかっていたのだろう、動きを止める。
そのこぶしは硬く握られていて、グローブの上からでなければ手のひらから血を滴らせていただろう。もしかしたら、グローブの中は既に血で染まっているかもしれない。
「ルヴェリオー・・・」
力なくうなだれる姿が、サフェイロスらしくない。
でも、そうなってしまうのも分かる。
『サフェイロス、お願いがある』
作品名:SORROW CURSE -序- 作家名:吉 朋