SORROW CURSE -序-
「そうかもしれませんが、宗教を超えてアンデットとして徘徊していると言うのなら救って差し上げなければ・・・」
そう言いながら、そらしてしまいそうになる視線を必至に真っ直ぐサフェイロスへ向ける。
本当は他に理由があるのだが、この場で言うには不純すぎて口にできない。
酒が入って酔っているような人がいようとも、やはりこの地で肉親や知人を失った人ばかりなのだから。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
にらめっこの時間は僅かだっただろうが、酷く長く感じた。
内心を見透かされているかもしれないと思うと、冷や汗も流れそうだった。
この人も、知り合いをこの地でなくしているかと思うと・・・
「名は?」
「……え?」
どうしようかと、頭の中をぐるぐる何かが駆け巡り始めたころ。
「お嬢さんの名前は?」
口の端がはずかに上がっていた。
苦笑とも取れる表情。
「あ、えと、トスィーアです。トスィーア」
「今回は折れたことにしておいてやろう。俺の名前はサフェイロスだ。よろしくな」
思わず大きく息がでた。
気づかぬうちに、思った以上に緊張していたらしい。
「はい!よろしくお願いいたします」
腰が折れてしまいそうなほど、深くお辞儀をする。
「おいおい、大丈夫か?」
「ま、フェン教の神官は優秀だから」
周囲の心配そうな声にサフェイロスは笑って流す。
何か考えがあってトスィーアの同行を許したらしいが、その理由はわからなかった。
***
数日後。
今年も編成される予定だったという探索隊を置き、町の人や鎮魂祭のために町にやっていていた人に見送られて二人は山奥へと足を踏み入れた。
竜が眠る洞窟へは歩いて半日ほどらしいが、数刻歩けばアンデットになった人々が襲ってくるという。
無意識にか平素町の人はその方向へは足を踏み入れられないのだという。
案内人も無く、教えられたことと地図を頼りに歩いてゆく。
以前はそれなりに整備された道もあったらしいが、人が歩かなくなった道は直ぐ寂れて消える。
今となっては跡が残る程度になってしまっていた。
それでも道があるのはいいほうで、山に分け入るともなれば地図より方向感覚だけで先を行くことになるだろう。
その点、トスィーアはサフェイロスが思っていた以上に旅慣れていて安心だった。
「付いてきたかったのは、好奇心からか?」
重そうな鎧にはためきもしないマントをつけ、必要最小限の荷物だけを持ったサフェイロスが、隣のトスィーアにぽつりと漏らすようにたずねた。
もうそろそろ、アンデットが出るという地点まで来たときのことだ。
トスィーアはサフェイロスに初めて会った時同様の神官服に錫杖を持ち荷物を背負ってる。
荷物の大きさ自体はサフェイロスと変わらないのだが、大きく見えるのは本人の体格ゆえだろう。
「え?」
良く聞き取れなかったわけではない。
いきなり話しかけられて、とっさに返事ができなかっただけだ。
「フィン教は死者の弔いを大切にするが、生あるものを一番と考えるだろう?普通なら、あの町にいる人々を教化するんじゃないかと思ったのさ」
「あぁ…」
そうかもしれないな、と今更思う。
「それに、分かっていると思うが俺はアンデットを倒しにきたのではなくて、竜の様子を見に来たんだ。あと、同じ騎士団の者の名前を知るために・・・」
そう町の人にも言っていたかもしれないとトスィーアも思い出す。
「フィン教は竜に興味があるとは聞かない。でも、個人なら?」
「ああ・・・」
はやりお見通しらしい。
「正直に申し上げると、そうです。此処暫くの間旅を続けてきましたが各地で竜の話を聞きました。総本山が有る地域では竜の姿も見ないために関心も薄いのでしょうが、はやり竜というものについて知る必要があると思ったのです」
言い終わって、ちらりとサフェイロスを見る。
これからアンデットと戦って竜のいる地まで赴き、最悪竜と戦わなければならないかもしれないのに只のお荷物だろう。
追い返されるかもしれない。
「まぁ、それもいいさ。一人くらいなら守れる自信がある」
ニヤリと笑って返すその表情は頼もしくもある。
「有り難うございます」
ホッと一息つく。
守る自信はあるとは言われたが、できるなら手を煩わせたくはない。
背負う袋の中の聖水を思って、ぎゅっと肩紐を握る。
「あ・・・そうだ」
「?」
トスィーアの声に、歩みは止めずにまたサフェイロスが振り返る。
「ひとつ、言って置いた方がいいかな?ということがあるのですが」
「?」
「ご存知かは知りませんが、私のフルネームはトスィーア=イノセンス。ついでに性別は男です」
「……え?」
ピタリと足をとめた理由はなんだろうか。
「男?」
「はい、男です」
ニッコリと笑うと、「ほえー」と間抜けな声がサフェイロスの口から漏れた。
やはり、気づかれていなかったらしい。
名前も女名だし、服も女性もの。
顔立ちも女性なら、声も物腰も女性・・・というか美少女そのもの。
今まで一目で気づかれたことがない。
「本当に?」
「はい」
「そっか・・・すごいな」
それしか感想がでてこなかったのだろう。
言い様は他にもあるかもしれないが、思い浮かばなかった。
あと。
「イノセンス・・・・・・?」
聞き覚えはあるのだが、今一ピンとこない。
フェン教において何か重要な地位にあった人がそんな名前だったような気もするのだが…
「教皇?」
が、確かそんな名前だったかもしれない。
「教皇なんて大それたものでは無いですよ。ただの教主です」
しかし、フェン教の総本山は一国にも匹敵する力と影響力を有するという。
ここから遥か北方の地にある一大勢力。
タークシアン騎士団はここより南方に有るために接触が殆ど無い。
「今はお爺様が教主であらせられますが、次代は兄だと言われています」
「なかなか凄い家の生まれなんだな・・・」
只の田舎騎士の次男坊なぞ塵にも等しい存在だろう。
そこらの貴族よりも上級な生活を送っていそうな生まれだ。
「とはいえ修行中の身です。しかも一般の神官より劣る点が多いのです。なので、せめて見聞を広めようと旅をしている次第でして・・・」
「そうか。とりあえず今回は無事に帰れることを努力しような」
「はい」
***
不穏な空気が流れ出したのは、それから暫くたってからだった。
教えられたとおりの地点だ。
「・・・そろそろ準備をしておけよ」
道無き道を進みながら、振り返りもせずにトスィーアに促す。
「あ、はい」
背負っている鞄から急いで聖水を取り出す。
限りがあるから節約して使わなければならない。
聖水の使い方も知っていたし、訓練程度なら経験もあるが実践は初めてだ。
しかもアンデットをみるのも実は初めて。
緊張する。
聖水が入った水筒を取り出す手が、僅かに汗ばんでいた。
サフェイロスはそんな様子をちらりと横目で見て苦笑する。
「まぁ、行きは良いか」
「?」
つぶやきに何のことやら、とトスィーアが視線を上げるとサフェイロスはなにやら口で唱えていた。
作品名:SORROW CURSE -序- 作家名:吉 朋