SORROW CURSE -序-
「”指揮のもと”現場にいたというなら、その者は隊長か何かだったのだろう?名前くらい知られていないのか?」
「…『あの方』は3つに分けられた部隊の内、第三部隊の隊長でした。しかし誰も名前を覚えていないんですよ」
「誰も……?容姿は?」
騎士団壊滅当時生き残った者は多くない。
名前が浮かばずとも、顔くらい浮かぶはずだと考えた。
「それが、ずっと仮面をつけていて誰も素顔を見ていないのです。こう、顔上半分を覆う仮面を被っていて」
左手で、鼻の頭の辺りから上を覆ってみせる。
たしかに、それでは顔もわからない。
騎士団壊滅時に、顔に酷い怪我をおった者もいたが、その当時仮面をつけたものなどいなかった。
妙な話だ。
「…名前を書かれたものは?」
何時の間にか前にいた女性のことも忘れて、昔知った人かもしれない者が誰なのか探ろうとしていた。
「俺は直接見ていないのですが、何故かその人の名前がかかれた場所は全てインクが滲むとか、削られるとかしていたそうで……竜に留めを刺した者として呪を受けたのかも知れないと言われています。俺も名前くらい知りたいんですけどね…」
「竜の呪いか…ありえるな。完全に人の記憶から消えなかったのは竜の力が、この地の力で完全には出せなかったんだろ。」
そして、胸のエンブレムに触れる。
「遺品は?特に鎧であれば…」
タークシアン騎士団の物は、全て竜の呪に対する何らかの魔法が施されている。
最も悪質な呪いだが、今回の場合より酷く人の記憶から完全に個人を消してしまうモノも存在する。
有るか無いか分からない呪いだが、それに対する魔法が鎧に施してある。
今回の件ならある場所に刻まれた名前が消えていないはずだ。
「あの時は竜を倒してなお逃げるので精一杯だったんです。さらに討伐のあった周辺は今でも竜の呪いでもかかっているのか誰も近づけない」
遺品は無いということか。
「そうか……」
他に何とか手立ては無いものだろうか。
無意識に考えをめぐらしている。
否。
確実であろう方法が一つある。
それは……
「サフェイロス様、お部屋の準備が出来ました」
先ほどの青年が声をかけていたために思考は中断された。
***
「討伐の際に死んだ者がアンデッドになって彷徨っているんですよ」
荷物を置いて再び下に戻って情報を集めだした所、そんな話を聞くことが出来た。
「討伐の際に死んだ人の遺品などは何も回収できていないんです」
それを話してくれたのは、サフェイロスを部屋まで案内してくれた青年だった。
名をセルディンという。
彼も兄が討伐対に参加したそうで、その兄は現在この宿の厩で働いているらしい。元々兄弟二人ともこの宿の従業員だったそうだ。
「昨年の鎮魂祭の時に、現場の状態確認と遺品回収を行おうと部隊が編成されたんですけど、そのときにアンデットについて分かったんです。アンデットを昇天させるだけの力を持った人が同伴していなくて、その状態が報告されるだけに留まったんですよ」
現在休憩時間だというので、サフェイロスがタークシアン騎士団の者だと分かった為に色々教えてくれる。
「それでも、少し奥には進んだそうですよ。でも、当のドラゴンが寝床としていた洞窟にはたどりつけなかったそうです」
「数が凄かったのか?」
『鎮魂祭』が開かれるくらいだから、当時の死者の数は凄かったろうと予想できるが、生きて帰った人にも出会うことが可能だ。
実際はそういうものであれ、妙な感じだった。
「数はそれなり…だったそうですけど、死ぬ前からして手誰揃いだった人たちです。アンデッドになっても能力は高いんだそうですよ」
「生前の能力が死んでなお、残っているのか…」
それは厄介な話だ。
通常のアンデッドなら、ただの動く屍だが、高い能力の者が作ったアンデッドは生前の能力をそのまま使用できたり、場合によっては生前より高い能力を持つこともある。
それが、ドラゴンが死ぬ間際にはなった魔法だという。
……本当に死んでいるのだろうか?
「あの……」
鎮魂祭に訪れた人を捕まえて夕食を取りながら話を聞いていた所、どういうわけか妙な方向に話が流れ始めた。
その時だったか。
一人の少女が背後からサフェイロスに声をかけてきた。
小さい声だったが、通りが良かった。
「行かれるのですか?」
それは、今しがた交わされていた会話の内容についてだろう。
見れば、声同様外見もか細い印象の少女だった。
容姿としては良く見れば人目を引くほどに美少女ではあるが、長い前髪と大きな帽子、さらに明るいとは言い切れない照明で顔は隠れがちだ。
そして、着ている服は通常の町娘の物ではない。
この辺りでは余り見ないフィン教の下級女性用神官服だ。
それを隙も無くきっちり着こんでいる。
「ああ、行こうかと思う」
昨年の鎮魂祭のときを抜かして、誰も足を踏み入れることができていないという呪竜討伐の地へ。
サフェイロスが現在感じるかぎり、皆が騒ぎ立てる程竜の力は強くないように思う。
または、時間がたって弱まったのかもしれない。
その竜のことも気になるが、そこで亡くなったという同僚のことも気になるし、此処にいる親族や知り合いが亡くなったという人には遺品の一つでも取ってきたいとおもう。
「お嬢さんも知り合いが?」
手にしていたワインを置いて向き直る。
「あ、いえ、そうでは無いのですが…」
人と話すのが苦手なのか、俯きがちにもごもごと返す。
酒が入ったような男たちがたまっているテーブル自体が怖いのだろうか。
「話を聞きたいのかい?」
同じテーブルの他の男が少女の顔を良く見ようかとするように身を乗り出す。
「いえ、あの・・・お願いがあるのです」
一つ息を吸って、真っ直ぐサフェイロスを見る。
サフェイロスも少女の言葉を真っ直ぐ聞こうと姿勢を心なしか正す。
「私も、連れて行っていただけないでしょうか」
「かの地へ?」
驚いた声を上げたのは、サフェイロスではない。
やはり、おなじテーブルについていた他の者だった。
「ご迷惑とは思います。でも、魔法も多少なら使えますし、こうみえても体力も自信があります。武術もそれなりだと思います」
「何故?」
周囲の者と違って、サフェイロスは落ち着いていた。
話しかけられたタイミングから、予想でもしていたのだろうか。
「ええと・・・死者を弔いたいのです」
真っ直ぐ見据えるサフェイロスの瞳が怖い。
しかし引き下がっては思い切ってここまでした意味が無くなる。
知りたいことがある。
「確かにフェン教の者も死者にいそうだが、そう多くないんじゃないか?」
どちらかというと、フェン教は竜を無視して生きるような感じがする。
逆に竜の討伐ともなれば一般ではサガ教が知られる。
アンチ・ドラゴンを掲げている宗教で、その竜退治の光景は全身全霊をもって倒しにかかるという凄まじいものらしい。
余談だが、タークシアン騎士団はドラゴンと人間のともに住める世界への秩序形成が理念の一つにあったためサガ教とは微妙に仲が悪い。タークシアン騎士団壊滅ともサガ教は関わってるのではないかと噂されている。
作品名:SORROW CURSE -序- 作家名:吉 朋