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しっぽ物語 9.おやゆび姫

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『――奴は蛇蝎の如く忌み嫌ってるから鵜呑みには出来ないが、一度こっぴどい眼に遭わされたって。病院で聞き取りしたときも、とんでもないことをやらかしてるって怒ってる連中がいた。なんていうんだ、誰彼構わず男をベッドに引き入れるって、こういうの、心の病気なんだろう? セックス依存症?――』


「ニンフォマニア的な兆候は?」
「最近出てません」
「それは何より」
 たっぷりと軟膏を塗ったガーゼを貼り付けながら、Wは頷いた。
「精神的にも落ち着いてきた証です」
「外に出たい」
 ぽつりと女は呟いた。
「太陽の光を浴びたい」
「日光浴、させてないのか?」
「今まで行きたがらなかったので」
「それはいけない。後で中庭を散歩させてあげなさい」
 露骨に晒す渋い顔は無視する。人員削減で、看護師達のシフトが日々厳しくなっているのは承知だった。色は生白いが血色の良い女と、鉛色の眼元の看護師を見比べる。後者に向かって得心の顔を作っても、相手は一向に騙されることなく顔を背けた。サージカルテープを取ってくれそうになかったので、後ろ手にテーブルを探る。
「記憶の件については、気長に捉えるしかありませんが」


『――それを恐れてるんだ。もしこれが事実だとしたら、一台隠蔽工作だからな。次男がコトを起こす。バレたのか泣きついたのか、父親が隠蔽を指示する。患者は長男を院長に据えてある病院へ担ぎ込んで、情報が漏れないよう厳重に隔離だ。面会禁止扱い。そこでだ。あんたの知りたいことってのは、院長殿がどこまでこれに関わってるかってことだろう。あんたの嫌ってる――』


「院長が司祭でしょう」
 口元を歪めたまま、Wは俯いたままの女を見下ろした。
「迷える子羊を放り出すような真似はしません」
「迷ってなんかないわよ」
 女は吐き捨てた。
「私は私だもの」
「そうですね、その通り」
 搬送されたときは女性の柔らかさを具現したかのようだった肩から肉はそぎ落とされ、骨ばった鋭さを増している。丸みは全て、自信を滾らすために消費されたようだった。限界まで膨らんだ自尊心は、毒花のような芳香を以って、痩せこけた全身を覆っている。心の弱った人間にとって、余りにも刺激が強すぎるに違いない。
「きっと以前のあなたと、何一つ変わらないのでしょう」
 カルテの隅にドイツ語で書き加えておく。『人格変化、衝動性、抑制の欠如』