しっぽ物語 9.おやゆび姫
むき出しになった縫合の周りでぷっくりとふくれる地肌はまだ薄紅色だった。日に焼けない場所だからこんなにも目立つのであって、経過は良好。左側頭部から後頭部に走るラインは、あまり上手いとはいえない縫合のせいでジッパーのように見えた。瑞々しい柔らかさと、汗のおかげで余計に赤らんで見えるその縁を、指でそっと押した。
「来週くらいには、抜糸しても大丈夫かな」
身じろいだ女が顔を上げる前に、背後で突っ立ったままの看護師を顎でしゃくる。
「鏡を」
一枚だけ持ってくるので、ため息と共に首を振る。
「いや、二枚。傷を見せるんだから」
「一枚しかありません」
「適当に探してくれ」
『――かなり粘ったんだが、なかった。失踪届、捜索願共にヒットしない。それどころか、捜査もなおざりだ。このご時勢、傷害なんて大したことないのかな、世知辛いこった――』
「そんなものですよ」
鏡を覗き込み残念そうな声色を作れば、水銀の中でそっぽを向いたままの青灰色が歪む。
「心配しなくとも、髪が生えてくれば目立たなくなります」
「無理よ」
傷跡を見ようともしないまま、女は鼻声を出した。
「それならもう、このまま包帯を巻いていたほうがいいわ。このままずっと、病院にいる」
鏡を引っ込め、Wは首を傾げた。
「今頃家族が、一生懸命探しているはずですよ。貴女がいなくなって、とても悲しんでいるに違いない」
「そんな人いないわよ。私、みなしごに違いないわ」
「決め付けちゃいけない。誰かが誰かを愛してるって、歌でも言ってる」
「けれどここに居ないじゃない」
関節が白くなるほど握り締めた手が痛々しい。
「ここの人たちは違うわ。いつでも私を見て、好きだって言ってくれるもの」
「あなたほど美しい患者は少ない」
消毒液のたっぷりついた脱脂綿をピンセットで摘み取り、唇の先だけで言ってのける。
「勿体無いですよ」
「あの人たちが引き止めるに決まってる」
不意に顔を上げるので、耳の辺りに手を添えて再び俯かせる。自信に満ち満ちた顔に、歎息しか出てこない。
「私は愛されてるの」
作品名:しっぽ物語 9.おやゆび姫 作家名:セールス・マン