しっぽ物語 9.おやゆび姫
青灰色の瞳が射るように輝いている。出かかった言葉を一度飲み込み、Wは後ろの看護師に助言を求めた。聞いてもいないようだった。ぼんやり引きずられるようについてきているだけで、顔を見ようともしない。
昨日入浴したのか、女の髪はぴくりとも空気の動かない廊下でも、さらさらと軽やかに流れている。立ち止まった時、Wは絆創膏からはみ出した髪の先に、思っていることとは正反対の言葉を与えた。
「そうだね」
満足げに反らされる背中を先に診療室へ押し込み、男の手にも重過ぎるスライドドアを閉める。聞き流した話に弁解をするときの癖で、ちょっと肩を竦めながら、相変わらず呆けた顔の看護師に尋ねる。
「まだ自分の置かれてる状態をよく理解していないようだね」
「記憶は戻りませんし、警察からも連絡は来なくて」
狂った女よりも酷い弛緩した目が、やっとのことで気だるげに持ち上がる。
「自分を救世主か何かだと思っているようです」
言葉が気に入ったので、大仰に微笑んでやる。
「まあ、せいぜい大切に扱ってやろう」
乾いた血と軟膏がついたままの手で受話器を取り上げ、家の留守番電話を呼び出す。本来整形外科を担当していたWが、州の反対側にある総合病院へ引き抜かれていった脳外科医の仕事までこなすようになって二ヶ月経つが、聖職者がやってくるばかりで、医者が増える様子は一向になかった。昨日も結局、家に帰ってすぐ寝てしまった。
『昨日病院で話したRだが、あんたの言うとおり、その患者は金の卵を産む鶏だぞ。郊外にあるオーデンセっていうモーテルのおやじが、弟と女が部屋を取ったのを覚えてた。女の方は真っ赤なドレスを着てたそうだ』
「綺麗なもんです。痒いところは?」
まるで心に残る傷にまで触れられているかのように、女は身を縮め、黙りこくったままだった。今まで保っていた威厳はどこかに消え去り、丸めた足指の背と張り詰めた視線を、床に押し付けている。処置をするときはいつもこうだったから、慣れたものだ。
「大分良くなってきましたよ」
作品名:しっぽ物語 9.おやゆび姫 作家名:セールス・マン