最後の魔法使い 第一章 「南へ」
だんだんと道行く人が少なくなり、街はやがて夜になった。晩になるとずいぶん冷えるもので、アレンは緑のマントをギュッと体に締め付けた。浮浪者は大きな汚らしいマントをどこからか取り出して、それにくるまって暖を取っていた。
アレンはふと浮浪者の姿に、ここ数日の自分を重ね合わせてみた。アレンたちが座っていた、このロウア―サウスのよく踏みならされた道が、今朝目覚めた岩場の冷たさに似ていたからかもしれない。この人も一人なんだな、とアレンは思った。行くところも、待ってくれている人もいないんだ。それがどんなに胸をえぐられるようにつらいことか、アレンはここ数日で理解したつもりだった。そしてロウア―ウェストの状況を改めて聞いて、ますます孤独を感じた。
アレンの視線に気がついたのか、浮浪者はアレンの方を向いた。またにやっと笑い、アレンに声をかけた。
「寒いだろ。」
アレンはうなずいた。実際、ものすごくとは言わないまでも、マント一つではしのげそうにないくらい寒かった。
「いつもここで寝てるんですか。」とアレンは聞いた。
「まぁな。もっと寒いときはあちこち動くし、今日みたいにじっとして一日人を見て過ごすこともある。俺がここを好きなのはな、運がよけりゃ、そこの店の奥さんから売れ残りのスープがもらえるからだ。」浮浪者が指をさした先にある、店の明かりが消されたのを見て、浮浪者は頭をポリポリとかいた。「…今日は運が悪い方だな。」
スープ、と聞いた瞬間、アレンのおなかがぐぅと音を立てた。それを聞いて浮浪者は、はっはっと大声で笑った。アレンは少し恥ずかしかったが、そう悪い気分にはならなかった。
「兄ちゃん、名前はなんていうんだい。」
アレンは一瞬、会ったばかりの人物、それも浮浪者に自分の名前を言うのを躊躇したが、彼は今のところロウア―サウスの中でアレンを気にかけてくれる唯一の人物だった。何かにすがりたい思いでアレンはいっぱいだった。
「アレンです。」アレンは答えた。
「そうかい、俺はディディー。よろしくな。」ディディーは握手をせずに、汚らしい木箱から煙草を取り出すと、アレンに差し出した。「吸うか?落ち着くぞ。腹は満たされねぇけどな。」ディディーはまたへっへっと笑った。
「ありがとう。」気分が落ち着く、と聞いて、アレンは煙草を受け取とった。煙草に火を付け、大きく吸い込んだが、やはりなれないので、ゴホゴホとせき込んだ。きっとからかわれるだろうと思ったアレンは、ディディーがなにも言わないのを不思議に思って、彼の方を向いた。
ディディーはまるでとても珍しいものを見たように、目を丸くしてアレンを見つめていた。口もぼんやりとあいていて、くわえた煙草が落ちそうになっていた。アレンは最初ディディーがなにを驚いているのかわからなかったが、差し出された未使用のマッチを見たとたんにすべてを理解した。
アレンは火をつけたのだ―ディディーからマッチをもらう前に。
作品名:最後の魔法使い 第一章 「南へ」 作家名:らりー