アイラブ桐生・第三部 32~33
しかし、軍法会議は遺族への保障は約束したものの、
加害者へは証拠不十分として、『無罪』の判決をくだしてしまいます。
この事件が、のちに発生をした毒ガス事件と相まって、
沖縄県民1万人が集まった
基地反対集会へと発展をしました。
さらにそのエネルギーが、その翌日の自然発生的な
市民による暴動、「コザ事件」へと繋がります。
緊迫した空気のままMPとの対峙が続いていた事故の現場に、
ついに悲報が届きます。
病院へ搬送された3人の子供たちのうち、一番背の大きい子が
手当ての甲斐もなく、命を落としてしまいました。
残りの二人も予断を許さない重体ながらも、
かろうじて一命だけを取り留めます。
悲報に接した瞬間に、優花が泣き崩れてしまいました。
「お前のせいじゃないさ」
優花を抱きしめて、慰めようとしても私には、
それ以上の言葉は、どうしてもでてきません。
深夜の12時を回っても、事故を起こした赤い車を
包囲する人垣は減りません。
人間の鎖と化したその包囲網に、2度ほど参加をしてから、
まだ泣きじゃくっている優花を抱きかかえて
帰宅することにしました。
帰りの車中でも優花は無言のままです。
暗い東シナ海沿いに、山谷村のまばらな明かりが
見えてくる頃になってから、
泣き疲れた優花がやっと眠りについてくれました。
この那覇市での包囲網は、3昼夜にわたって続きました。
結局、那覇警察が善処するという米軍側の約束をとりつけて、
車はMPたちに引き渡されることになりました。
しかし、もう一つの要求でもある軍法会議の公開は、
結局、拒否をされてしまいます。
包囲網は解かれたものの、若者達の間には熱い火種が残ります。
無権利状態に置かれた沖縄では、沢山ある米軍の
もみけし事件のひとつとして処理されかねないという空気が、
ふたたび色濃く漂ってきました。
「やりきれないさぁ~」
コークハイをかき回しながら、優花がつぶやきます。
コーラ―にすこしだけウイスキーを垂らした、優花専用の呑みものです。
しかしそれでも、当人は充分に酔っているようです。
(もともと未成年の飲酒です。それ自体が問題なのですが・・・・)
呑まなきゃ、とてもじゃないけどやってられないわよ~と
今夜の優花は、すこぶる荒れています。
顔馴染みになった、青年団員が
スナック「ユーコ」にやってきました。
由香の目の前に置いてあるコークハイを取り上げて一口軽く含みます。
「なんだい、これは。
まるっきりのジュースだな。
これでは、酔うのはまったく無理だ。お子様むけだぞ、この味は。
お~い、ママ、俺のボトルを出してくれ」
ボトルを受け取った青年団員は、
優花のグラスに、これでもかというほど、
たっぷりとウイスキーを注ぎ足します。
それだはあまりにも無茶すぎるだろう、と、言おうとしたら、
「優花、お前に吉報だ。
例の子供たちのための、リベンジ戦が決まったぞ。
一週間後に基地のゲート前で、人間の鎖で抗議することになった」
どうだ、これでお前も満足ができるだろうと胸を張り
ほれ、遠慮しないでどんどん呑めと、
優花の前にそのグラスを突き出します。
「サッカー少年たちのための、とむらい合戦だ。
レッドカード作戦と名つけて、基地を人間の輪で包囲をする計画だ。
なんでもいいさ、抗議の気持ちをこめて、
体に赤いものを身につけてくれ。
シャツでも、ズボンでも、ハンカチでも髪飾りでもなんだもいいぞ。
抗議の赤を身につけて、米兵たちにに、一発退場の意思表示をする。
どうだ優花、これなら行くだろうお前も。
どうだ、行くか群馬、お前も。」
そう言い切ると、青年団員は
優花のグラスを一気に飲み干してしまいました。
こいつのほうがリベンジ戦に、よっぽど興奮しているようです・・・
とにかく沖縄はあつい、そう痛感した瞬間でした。
作品名:アイラブ桐生・第三部 32~33 作家名:落合順平