愛憎渦巻く世界にて
シャルルがウィリアムたちと出会う2週間ぐらい前のこと……。
「皇帝陛下!!! 皇帝妃様!!!」
タカミ帝国の首都にある豪華な宮殿の廊下を、厳かな身なりをした老人が、彼なりの全速力で走っている。全速力で走っているのは、彼だけでなく、宮殿中のほとんどの人間だった。彼らは、誰かを必死に探していた……。ちなみに、そのほとんど以外の人間とは、皇帝と皇帝夫人のことだった……。
そして、老人は、皇帝と皇帝夫人の私室に入った。皇帝と皇帝夫人は、呑気に紅茶を飲んでいた……。皇帝と皇帝夫人は、きれいに整えられた黒髪だった……。
「……じい、騒々しいな」
皇帝はやれやれという感じで老人に言った。どうやら、この老人はタカミ帝国皇室付きの執事のようだ。
「皇子がどこにもいないのですよ!!! おまけに、皇子付きのメイドの一人もいません!!!」
執事が慌て果てている口調でそう言った。しかし、皇帝も皇帝夫人も落ち着いたままだった……。
「今朝、バルコニーにこういう手紙があった」
皇帝は紅茶を飲みながら、一通の手紙を見せる。すでに開封してあり、皇帝と皇帝夫人はもう読んだようだ。
「皇子からの手紙ですか?」
「そうだ。どうやら、心配する必要はないようだぞ」
「しかし、皇子は何と?」
執事はおそるおそる尋ねる……。
「『とりあえず、戦争をやめさせてくる』とさ!!! さすがは、我が息子だ!!!」
「あなたの若い頃にそっくりね!!!」
皇帝と皇帝夫人は、愉快そうに笑いながらそう言った……。
「ああ、おまえに会うために、ナイフランド諸島の要塞から逃げ出してやったっけな!!!」
「あのときは、ビックリしちゃったわ!!!」
皇帝と皇帝夫人は、皇子の件も執事がいることも忘れた様子で、笑いながら自分たちの昔話を話し始めた……。
「…………」
執事は、ただ呆然とその場に突っ立っているしかなかった……。