愛憎渦巻く世界にて
第13章 フナデ
「しかし、この船がぼくたちの船だなんて信じられないな」
ドレスデンから買い取ったガレー船の看板で、シャルルが呟いた。シャルルたちはこれから、このガレー船で出航する準備をするのだった。太陽は、もう西の向こうへと沈もうとしており、どんどん暗くなっていった。
「我が国が買った船です」
メアリーがそう強調した……。
「さて、早く出航の準備をしないとな。急げば、翌朝には出航できるだろう」
ウィリアムがそう言うと、
「何を準備すればいいんだ?」
シャルルが、早く出航したそうに言った。
「食べ物と水だな。風向き次第では、我が国の海岸に着くのにかなりの日数を要する」
「食べ物は、パンとオートミールとチーズとベーコンぐらいで十分だろう」
ゲルマニアが提案したのは、かなり質素なメニューだったため、
「ぼくのような農民の食べ物だぞ!」
「それがゴーリ王国のごちそうなんですか?」
シャルルとメアリーが口々に言った。王女であるマリアンヌや皇子であるウィリアムに気を使ってだった。
「メアリー、私は人間の食べ物なら、なんでも構わないよ」
ウィリアムがそう言うと、
「私も大丈夫です」
マリアンヌも構わない様子だった。なので、シャルルとメアリーは、申しわけなさそうに納得した。
「航海中によく起きる病気への対策として、ザワークラウト(キャベツの漬け物)も積んでおこう」
ゲルマニアがそう言った。この航海中によく起きる病気とは、壊血病のことだった。
「それなら、ライムのほうがいいです!」
メアリーがそう反論した……。
「ライムだと? だから、ライミー(ライム野郎)と呼ばれるのだ!」
ゲルマニアが笑いながら言った……。
「あら、そっちは、クラウト(キャベツ野郎)と呼ばれているのよ!」
メアリーも笑いながら言い返した……。
「まあまあ、両方とも半分ずつ積み込めば良いではないか」
ウィリアムが、女同士の醜い口喧嘩はゴメンだという様子で止めに入る。ザワークラウトとライムを半分ずつ積んでおくことになった。
「酒はビールでいいな?」
ゲルマニアがそう言うと、
「ワインも!」
「スコッチなどのウィスキーも積んでおくべきだ!」
今度は、シャルルとウィリアムが口を出した……。
「無かったらあきらめろよ」
ゲルマニアはそう言うと、買い出しに行こうと船を降りようとした。どうやら、彼女が買い出しに行くつもりらしかった。
「ゲルマニア、金と荷物運びを持っていけ」
ウィリアムはそう言うと、金貨が入った小袋をゲルマニアに放り渡し、シャルルとマリアンヌにゲルマニアを手伝うように言った。
シャルルは、看板の端に落ちていた布袋を2つ、破りながら持ってくると、
「この布袋を被っていただいてよろしいですか?」
「もちろんです」
シャルルはマリアンヌに、破れた布袋をフードのようにして被せ、自分も同じように被った。ムチュー人特有の茶色の髪を隠すためだ。