愛憎渦巻く世界にて
タカミ帝国へ向かうガレオン船の船長は、部下の船員とともに、乗船の受付をしていた。しかし、乗船しようとする人は、少数の商人だけで、観光客はいなかった。この船の船長や船員は、全員がタカミ人で、海からの潮風に黒髪が揺れていた。
「この戦争が起きる前は、大勢の観光客を乗せていったものだが……」
船長が、少ない乗客にため息をついていた。船長は、貴族出身でデスクワーク派の人間だった。
「早く戦争が終わってほしいですね」
船員もため息をついていた。その船員は、若々しい顔をした新米だった。
「この船に乗りたいのだが?」
そのとき、ウィリアムが、船長たちに声をかけた。ウィリアム以外のメンバーも全員いた。
突然声をかけられた船長は驚いて、
「もしかして、観光客ですか?」
そう尋ねた。船員は、ウィリアムとメアリー以外のメンバーを見て、唖然としていた……。
「ああ、そうだ」
「おぼっちゃまが、ゴーリ王国を自分の目で見ておきたいとおっしゃられまして」
そう答えたウィリアムとメアリーの背後には、奴隷の格好をしたシャルルやマリアンヌと、高級娼婦の格好をしたゲルマニアがいた……。
ゲルマニアが嫌そうに着ているセクシーな服は、ウィリアムが青空市場で買ってきた服だ。「他にもあっただろう!!!」と、ゲルマニアは当然のことを言ったが、せっかく買ってきたのだからという、ウィリアムの説得とその場の空気に、ゲルマニアは渋々納得した……。
「なるほど。では、身分証を見せてください」
船長は、奴隷や高級娼婦のフリをしているシャルルたちには、目もくれなかった。
「ほら」
「はい」
ウィリアムとメアリーは、タカミ帝国から出国するときにも使った偽の身分証を見せた。船長は、何も疑うことなく、偽の身分証の確認を済ませた……。そして、ウィリアムとメアリーは、当然のように、シャルルとマリアンヌとゲルマニアを連れ、船に乗りこもうとする。だが、
「お連れの方の身分証は?」
船長が、シャルルとマリアンヌとゲルマニアの身分証を見せてほしいと言ってきた……。
「この2人は私の奴隷で、こちらの女性は私の客人だ。実は3人とも貧しい人間で、生きるために身分証を売ったらしいんだ」
この質問を想定できていたウィリアムは、そう答えた。しかし、
「申しわけありませんが、身分証が無い者を船に乗せるわけにはいきません」
事務的な口調でそう言ってきた。言葉での説得は無理そうだ。
そこでウィリアムは、船長たちに賄賂を渡そうと思ったが、船長が着けていたアクセサリーから、この船長が貴族の人間だとわかり、金での説得をあきらめた。それに、貴族の人間ならば、ウィリアムの顔を見たことがあるかもしれない。なので、ウィリアムは、船に乗るのをあきらめて、シャルルたちを連れ、足早にその場を後にするしか無かった……。