愛憎渦巻く世界にて
ウィリアムが2頭の馬を連れて行こうとしたそのとき、メアリーが駆け寄ってきた。彼女は、両手に荷物を持っていた。
「酒場の出入口で、ゴーリ王国の兵士とすれ違いました!」
「そこの馬に乗って来た騎兵だな」
「ちらりと見えたのですが、私たちの人相描きを持っていました! おそらく、この村の連中に尋ねるつもりでしょう!」
「では、急いでこの村を出なければいけないな」
少し焦っている彼女と違い、彼は落ち着いた様子のままだった。
「ええ! さあ、早く行きましょう! 1頭は私が連れて行きますから!」
彼女は急かすようにそう言うと、一頭の馬の手綱を引っ張ろうとした。しかし、彼はメアリーの手をつかみ、
「君には他のことをやってもらう」
ニヤリとしてそう言った……。
「あっ、ウィリアムとメアリーが来た! 馬も2頭とも大丈夫みたい!」
シャルルが牧草の山の上でそう言うと、マリアンヌはほっとし、ゲルマニアは、馬を馬車につなぐための準備を始めた。ウィリアムたちもシャルルたちを見つけたらしく、2頭の馬を連れて、村から走ってくる。
「さあ、行こうか」
ウィリアムは落ち着いた口調でそう言うと、ゲルマニアといっしょに、馬を馬車につなぐ。シャルルとマリアンヌは、メアリーから荷物を受け取り、荷台に積み込んだ。
それからすぐに、シャルルたちの馬車は出発した。馬車の運転はメアリーだ。村の外側を遠回りする形で、馬車は村を通り過ぎる。そして、村の灯が見えないところまで来ると、ウィリアム以外の一行は安堵することができた……。
「あの騎兵は大丈夫だよ!」
ウィリアムは余裕気な表情で言う。
「なんで?」
そんな彼にシャルルが問いかける。
「メアリーが持っている睡眠薬を、騎兵の馬に飲ませたのだ」
彼がニヤニヤ笑いながら答えた。
「……あの女が持っている薬は睡眠薬だけなんだろうな?」
ゲルマニアがメアリーのほうを睨みながら言う。
「安心しろ。私の許可無しに毒殺はさせない」
ウィリアムは、真剣な口調でそう言ったのだが、ゲルマニアは納得していないようだ……。シャルルとマリアンヌも完全には納得していない様子だったが、ウィリアムは別を気にしていなかった……。
「おい起きろ!!!」
先ほどの村の馬屋で、騎兵が自分の馬を起こそうとしていた……。しかし、彼の馬は、ぐっすりと眠ったままだ。メアリーの睡眠薬の効き目の凄さが感じられる。
「相当疲れているようですね。たぶん、朝まで寝てると思いますよ」
馬屋の主人はそう言ったが、騎兵は困り果てていた。
「……困ったな。港町『キーブルク』まで、大急ぎで行かなくてはならないのに……」
「はぁ、何の御用で?」
「この連中の人相描きを届けなくてはならないのだ」
騎兵は、シャルルたちの人相描きを主人に見せる……。
主人がそれを見た途端、大声を上げて驚いたのは言うまでもない……。