愛憎渦巻く世界にて
だが、またしも不運が起きてしまった……。
なんと、農場からやって来た馬車が門をくぐっているではないか……。10匹の豚を積んだその馬車は、向こうからやって来ることになるのだが、この狭い道路では、スピードを落とさずにすれ違うことは無理そうだ。おまけに、道路の両側は小さな畑になっていて、こちらを通ったとしてもスピードダウンは必須だ。どちらにしろ、追っ手に追いつかれてしまうだろう……。
「ゲルマニア様!!! 逃げ切るのはもう無理でしょう!? 止まってください!!!」
追っ手の先頭にいるクルップが、後ろから叫んできた。
しかし、ゲルマニアは余裕気な表情のままだった。どうやら、いい考えをすぐに思いついたらしい。
ゲルマニアは、向こうからやって来た馬車のすぐ近くまで来ると、馬車を沿道の畑に下ろした。相手の馬車とすれ違う形になり、悪路のせいでスピードダウンした。「もう駄目だ」と、シャルルは思ったが、その思いは良い意味で裏切られた……。
なんと、ゲルマニアは、片手で馬の手綱を持ちながら、もう片方の手に持った剣で、馬車の荷台部分を斬り裂いたのだ……。馬車の荷台には10匹の豚が積まれており、豚たちは、斬り裂かれて壊れた荷台の一部から次々に逃げ出した。そして、その豚は、シャルルたちの馬車の後ろで走り回り、クルップたち追っ手を混乱させた……。
馬と豚の鳴き声が鳴り響く中、ゲルマニアは畑から道路に馬車を戻し、そのまま何事も無かったように門をくぐり抜けた……。
そして、シャルルたちの馬車は、そのまま走り去った……。クルップたち追っ手が、豚と農場の馬車をどかし、門にたどり着いたときには、砂埃すら消えており、シャルルたちの馬車がどこへ行ったのかもわからなかった……。
「……城に帰りたくないな」
クルップは、そう呟くしかなかった……。
「目的地はどこなんだ?」
ゲルマニアは、馬を休ませるために馬車をゆっくり走らせながら、車内にいるシャルルとウィリアムに聞いた。
「え〜と」
「港に向かってくれ。タカミ帝国に向かう船に乗る」
困るシャルルを気にせず、ウィリアムが即答する。そのウィリアムの言葉に、シャルルとマリアンヌは顔を見合わせて驚く。ただ、メアリーはほっとした様子だった。
「おまえの国に行ってどうするつもりだ?」
ゲルマニアは、予想できていたらしく、全然驚いていなかった。この質問の答えも予想できているのだろう。
「父上である皇帝を説得する」
「やっぱりな! 見込みはあるんだろうな?」
ゲルマニアは、予想が的中したことに笑っていた。
「少なくとも、君のお父上よりは建設的な人だから大丈夫だ」
ウィリアムは皮肉を言い、それを聞いたゲルマニアは「フンッ」と鼻を鳴らす……。
「国中に私たちのことが伝わるまでに、港に着くぞ!」
ゲルマニアはそう言うと、馬車のスピードを上げた。突然の加速に、ウィリアムは馬車から落ちそうになっていた……。