愛憎渦巻く世界にて
第10章 ダッシュツ
「なにしてるんだ−!!!」
「アイツは何者なんだ!?」
観衆がギャーギャーとヤジを飛ばす。ビールジョッキなどが、シャルルとマリアンヌに向かって投げられた。警備の兵士たちは、あまりの混乱にどうしたらよいのかがわからず、右往左往していた……。
「姫、早く逃げましょう!!!」
マリアンヌは、何が起きたのかがわからず呆然としていたが、シャルルの声を聞き、我に返った。彼女は、死刑執行人の正体が、自分を助けに来たシャルルだったことに喜んでいた。
「その2人を捕えよ!!!」
王のこの一声に、警備の兵士たちはすぐに反応し、槍などの武器を構えて、シャルルとマリアンヌをずらりと取り囲んだ。シャルルは、大きな斧を重そうに振り回した。
「いっしょに殺してやるからな!!!」
「楽に死にたいなら、武器を捨てな!!!」
兵士たちはそう言って、シャルルたちを怖がらせた。しかし、シャルルたちは、怖がることなく、しっかりとした目つきのままでいた。
「やめよ!!!」
シャルルたちを取り囲んでいた兵士はもちろん、式場にいた全員が声をしたほうを向いた。そして、多くの人々が驚きの声を上げた……。
なんと、ゲルマニアが、次期国王である兄の首に剣の刃を当てていたのだ……。彼女の兄は、彼女に逃げられないようにしっかりと掴まれており、今すぐ彼を切り殺すこともできる状態だった……。なので、周りにいる近衛兵たちは手を出せないようだ。当の兄は、光り輝く刃に恐れおののき、おとなしくしていた。
「マリアンヌよ、何の真似だ?」
ゴーリ国王は、真顔のまま、静かな口調でゲルマニアに言った。観衆たちは、黙って事の成り行きを見守ることにしたようで、式場は静かになった。
「マリアンヌ姫とその男を、そのまま行かせてやってください」
ゲルマニアは真剣な口調でそう言ったのだが、観衆の多くは、ゲルマニア姫は頭がおかしくなったのだと思った。彼女はそれを予想していたらしく、観衆のほうを向き、
「皆の者!!! 諸君は、私の頭がおかしくなったのだと思っているのであろう!!! 私のことをどう思うかは勝手だが、それより思い出してほしい!!! 我が国は、他人の死や苦しみを喜ぶような輩たちの国だったのかを!!!」
ゲルマニアが大声でそう言うと、観衆は自分の胸に手を置いて考えだしたようだった。
「……なあ、ゲルマニアよ……。……かっこつけたことを言うのはいいが、微妙に刃を首に沈めるのはやめてくれないか……? ……地味に痛いのだが……?」
そのとき、兄が苦しそうにそううめいた……。ゲルマニアは、「ああ、すまない」と平謝りすると、刃を少しだけ首から離してやった……。
「その2人を解放してどうなるというのだ? この戦争は続き、さらに多くの者が死ぬことになるのだぞ? 今、マリアンヌ姫を殺せば、この戦争は終わり、これ以上たくさんの人が死なずに済む。これは、我が国だけの問題ではないぞ」
王は功理主義的な主張をしたが、ゲルマニアはひるまずに、
「タカミ帝国との同盟を取り付けたら、ムチュー王国に侵攻するおつもりでしょう!!!」
そう強く反論した。
「それが戦略というものだ!!! きれいごとや道徳心で国家を繁栄できると思ったら、大間違いだ!!!」
国王はそう怒鳴り、ゲルマニアをひるませた……。