愛憎渦巻く世界にて
第8章 スクイ
シャルルは、地下への暗い階段を下りている。すぐ前にはゲルマニアがおり、彼女が持つロウソクの明かりが頼りだ。
「なんでオレを助けるんだ? やろうと思えば、今すぐオレを殺せるのに」
彼がおそるおそる尋ねる。今さらだが、彼は警戒し始めていた。
「そうだな。しかし、おまえを殺したところで、この戦争は終わらないぞ」
ゲルマニアは振り返ることなく言う。真剣な口調に、シャルルはひとまず納得した。
やがて、階段を下り終わると、すぐ目の前に鉄製のドアだけがあった。
「私だ。開けてくれ」
ゲルマニアはドアをノックしながら言う。
カチャリ
少しして、鍵が外れた。そして、ドアが静かに開いた。ドアの向こうから、かすかな光が漏れ始める。
「ウッ!」
シャルルが鼻を押さえる。ドアが開いた途端、ドアの向こうの部屋から、ひどい匂いが漂ってきたのだ……。血や膿の強烈な匂いだ。
「すぐに慣れる」
ゲルマニアはそう言うと、部屋に躊躇することなく入る。シャルルは匂いを我慢しながら、部屋に入る。シャルルが部屋に入ると、男がドアを閉める。
シャルルとゲルマニアが入った場所は広い大部屋で、怪我人や避難民で埋め尽くされていた……。よく見ると、ムチュー王国の人々もいた。彼らはゲルマニアに、感謝や祈りの言葉を捧げた。
「王女様、コイツは?」
ドアを閉めた男が、シャルルをまじまじと見ながら言う。シャルルは、その男の片腕が無いのを見て、怖がっていた……。重い後遺症だ。
「ムチュー王国からの客人だ」
ゲルマニアは、どいてくれた怪我人や避難民の間を歩いている。
「そうですか。それで、戦争はどうなっているんです?」
男はシャルルからゲルマニアに視線を移して尋ねる。シャルルは、人を踏んづけないように歩き出した。
「もしかしたら、明日、最悪の形で終わる」
「……戦争の終わり方に最悪も最良もないと思いますけどね?」
「私はあると思っている」
ゲルマニアはそう言うと、歩みを早めた。シャルルも歩みを早めたが、同胞であるムチュー王国民を見つけると、彼はつい足を止めてしまうのだった。挨拶だけでなく、なぜ、敵国の人間であるムチュー王国民が、ここにいるのかを知りたいからでもあった。また、ここの人々はなんなのかを知りたかった。
「迫害から守るため、開戦時に我が国内にいたムチュー王国民を、ここで保護している。ケガ人は、見捨てられた負傷兵がほとんどだ……」
ゲルマニアが教えてくれた。彼女の表情は暗めだ。
「早く行くぞ」
シャルルは、なぜ守ってくれるのかと質問したかったが、ゲルマニアが急いでいたので、今はやめることにした。
ゲルマニアは、部屋の奥にあった別のドアの鍵を外し、ドアを開ける。