愛憎渦巻く世界にて
謁見室のドアの前には、見張りの兵士が2人立っていた。ところが、2人とも疲れ切った様子で、廊下の角から顔を出したシャルルたちには、微塵も気づかなかった。手に持つ槍は、グラグラと揺れている。
「士気の低下も酷いな」
ゲルマニアはそう言うと、堂々と角から歩き出し、謁見室のほうへ向かう。いきなりの無謀な行動に、シャルルは彼女を止めようとしたが、止められなかった。
「兵士よ。私は帰ってきたぞ!」
謁見室のドアへ近づきながら、ゲルマニアは言った。
「ええっ?」
突然の事に、兵士は戸惑う事しかできなかった。槍を手からこぼれ落としかけたほどだ。
「通らせてもらうぞ」
ゲルマニアは臆面もなく言った。兵士たちは顔を見合わせるだけで、ドアノブを握る彼女を止めない。
大丈夫そうだと思ったシャルルたちは、角から飛び出し、彼女の後に続くことにした。兵士たちは唖然としており、彼らも止めようとしなかった。
「よく帰ってこられたものだな!」
謁見室に入ってきたゲルマニアに、ゴーリ国王は開口一番に言った。静かな怒気がこもった口調だ。国王はふんぞり返るように、玉座に座っていた。
ゲルマニアは、国王の前に立つ。目の前ではなく、客人が国王に謁見する際の位置にだ。
「ここが我が家です!」
ゲルマニアも負けずに言い返した。彼女の堂々とした言動に、国王のそばにいた数人の大臣たちは、顔を見合わせた。
「その我が家を裏切ったのは誰かな?」
「裏切ったのではありません。兄君が私の首まで取ろうとしていたので、反撃したまでです」
シャルルは居心地が悪かった。当然だがここは、ゴーリ王国側のエリアだ。ムチュー人である彼は、いつ首を取られてもおかしくない。現に、先ほどの兵士2人が、謁見室のドアを閉めた。逃げ道が無くなったわけだ。
国王の左右には、兵士が一人ずつ立っているが、彼らは黙って行く末を見守っていた。とはいえ、国王の命令があれば、シャルルたちに襲いかかるだろう。
「……フン、亡き息子よりお前のほうが腕前が立つのは確かだな。それで今度は、私の首を取りに来たわけか?」
「違います!」
ゲルマニアが言い切った。シャルルたちも、そのつもりは無かった。
彼らがここに来た目的は、この戦争を終結させるためだ。確かに、ゴーリ国王の首を取れば、この戦争を終わらせる事はできそうだ。そのときはきっと、ゲルマニアがゴーリ国王を名乗ることになるだろう。だが、後味が非常に悪いため、彼女はその方法は取りたくなかった。
そのため彼女は、難しい事だが、穏便に解決したがっている。シャルルたちも、この考えには同意していた。なので、一同は武器を出していない。ただメアリーだけは、事態の行く末を見守りつつ、短筒のホルスターへ利き手が伸びていた。