愛憎渦巻く世界にて
「開けるぞ」
ゲルマニアが、地下室へのドアノブを握りながら言った。そのドアは地下室につながっている。
他の一同が黙ってうなずくと、彼女はドアノブを回した。
……地下室は、強烈な臭いが立ちこめていた。ドアを開けた直後、格段に強烈な臭いが、一同の元へ流れ込む。さすがにきつかったらしく、ゲルマニアもその時は鼻を押さえた。
一同は鼻を強く押さえながら、恐る恐る地下室へ入る。王城へ侵入するためには、ここを通るしかなかった。
地下室には、大勢の人々がいた。彼らは狭い地下室内で、身を寄せ合っている。シャルルたちは、人々を押しのけるようにして、地下室の反対側にあるドアを目指す。以前よりも人数が増えているらしく、歩きづらいことこの上なかった。
以前ここに来たときは、ゴーリ人とムチュー人しかいなかったが、今はタカミ人もいた。城下町の人々に殺されたくないため、教会に保護を求めたようだ。
「あなたはウィリアム殿下ではございませんか!?」
タカミ人の一人が、ウィリアムに気がついた。
「そうだ。町は危険な事になっているな」
そのタカミ人は小さく歓声をあげた。声に元気が無い。
「……町の人々が、報復だとして、タカミ人を次々に捕え始めました。大使館へ大急ぎで向かったものの、そこはもう包囲されていました。そこで、上の教会に助けを求めたのです」
苦労した事は、疲れ切った彼の様子からわかった。
「そうか、危ないところだったな。では、これで失礼する。大事なやるべき事があるのだ」
「おおっ、それはそれは。健闘をお祈りいたします。ウィリアム殿下の働きにより、あそこへ行かなくてすむと有難いです」
タカミ人が指差した先には、死体の山があった……。地下室の片隅が、死体置き場になっているのだ。あの死体の山が、ハエの大きな発生源になっている事は間違いない。ここは地下室なので、火葬するわけにもいかないし、上の教会へいちいち運ぶ事は困難だったのだろう。
しかし、この衛生状態では、今話していたタカミ人が病に倒れる事は、時間の問題だった。死体から沸いたハエの大群が、ここにいる人々を精神的に追い詰める。
シャルルたちは、人々の間を割って進む。飛ぶハエが目に入ったり、転びかけたりとしんどい状況だ。地下室の薄暗さが、歩きづらさに拍車をかける。
「イタッ!」
人の足を踏んづけてしまったメアリー。
「ご、ごめんなさい」
謝るメアリーの視線は、その男の足に向いていた。彼女は、足の甲を踏んでしまったのかと思ったが、それは太ももだった。膝から下の部分が両足とも無いのだ……。
シャルルは、この地下室にマリアンヌが来たら、大変面倒な事になっていただろうなと思った。彼女を連れてこなくて良かったのは、その通りだといえる。きっと卒倒していたに違いない……。