愛憎渦巻く世界にて
石壁の隠し扉の向こうは鍾乳洞だった。人の気配は無く、シャルルたちはひとまず安心できた。だが、追っ手も隠し扉の存在を知っているはずなので、のんびりとしてはいられなかった。しかし、鍾乳洞に明かりは無く、暗闇に沈んでいた。水が滴る音がときどき聞こえてくる。道という道が足元に無いので、足元に気をつけなくてはいけない。
「ここはどこの洞窟だろうか?」
「首都の近くにある山の洞窟だと思います」
「早く外に出よう!」
誰かの声(口調でわかるが)と何かの音だけを感じる。
すると、ウィリアムは、腰バッグから手持ち式燭台を取り出した。そして、その燭台のロウソクに、メアリーがポケットから取り出したマッチで火をつけた。シャルルとマリアンヌは、マッチを見たのは初めてらしく、メアリーが捨てた使用済みマッチをしげしげと見ていた……。
「開戦からずっと、姫はあの地下室にいたのですか?」
燭台を持ったウィリアムを先頭に、シャルルたちは暗い鍾乳洞の中を慎重に歩いていた。そんなとき、ウィリアムがそうマリアンヌに話しかけた。
「ええ、そうです」
マリアンヌは足元を見て歩きながら、そう答えた。姫はあの地下室から出ることができて嬉しそうだった。それに気づいたシャルルも嬉しそうだった。
「やっぱり、そうですか。我が国でも姫のことは、いろいろと話題になっていましたよ」
「まあ、そうなんですか」
「自称霊能者と同居して閉じこもっているという話は嘘ですよね?」
「はい?」
マリアンヌは、わけがわからないという表情でウィリアムを見た……。ウィリアムの顔つきからすると、今のセリフはジョークのようだ……。
「姫に全然会えないという話は村の人から聞いて知っていましたが、まさか、地下室にずっと閉じ込められているとは……」
シャルルが、変な質問をされてしまったマリアンヌを気遣おうとそう言った。
「国王だって、好きで娘を閉じ込めているわけではなかろう。彼女の身の安全を守るための処置であろう」
ウィリアムが真面目な口調でそう口を挟んできたので、シャルルはむっとウィリアムを睨んだ……。そして、彼は何かを思い出し、
「そういえばさ、国王には会えたのか?」
そう尋ねた。今ごろになって、彼は自分が王城に忍びこんだ本来の理由を思い出したのだった……。ウィリアムはそのことに呆れながら、
「会えたが決裂した」
それだけ言うと、近くを流れる川の中を歩きながら覗きこんだ。彼は川の中にいた魚を見ていた。彼は、魚の目が退化しているかどうかを見ていたのだ。これで、自分が洞窟のどのあたりにいるのかがわかるらしい。