愛憎渦巻く世界にて
縫い始めてから30分も経たないうちに、フィリップはドレスを修繕してみせた。
「姫、できましたよ」
彼は、直したばかりのドレスを、ブリタニアに得意げに見せてみた。
「うん、元通りになったわね」
ブリタニアはそう言うと、フィリップからドレスを受け取る。納得してくれた様子の彼女に、彼は心の中で喜んだ。
「ムチュー王室では、裁縫を学ぶのが掟なの?」
ブリタニアが尋ねた。
「いいえ。裁縫などのハンドメイドは、私の趣味なのです」
「ふーん。どちらかといえば、女の子の趣味だけど、そのことで王様に怒られたりはしないの?」
冒険的な行動をしがちなブリタニアは、執事の爺さんによく怒られていた。
「最初の頃は、狩りや剣術といった男らしい趣味を持てと怒られましたが、今は黙認してもらっています」
笑いながらそう言ったフィリップ。
「自分がやりたいと思った事は実行あるのみだと思います。たとえ失敗したとしても、それはそれで経験となります。どんな経験だって、自分の将来に活かせますよ」
フィリップは続けて言った。
その発言を聞いたブリタニアは、自分もそうでありたいと強く思った。つまり、『自分がやりたい事をやる』という率直な願望だ。
「ただし、狩りや剣術もやることが条件ですけどね」
彼はさらに言い添えたわけだが、思い返した願望で頭が一杯の彼女には、ちっとも聞こえていなかった……。
ブリタニアは、自分がやりたい事を思い返していた。それは『裏方でもいいから、歴史を変える一人になりたい』というものだ。
実際のところ、彼女はそのやりたい事を実行できている。ただ、今現在の状況だと、それは「保護」によって、中断させられているようなものだ。
しかし、フィリップの話をきっかけに、彼女は自分がやりたいと思っているその事を、今すぐ再開しようと決意した。
「どうかされましたか?」
思いふけるブリタニアに気づいたフィリップ。声をかけられた彼女は、我に返ると、再開にこぎつけるべく、頭の中を巡らせる。まずは、彼の元から離れなければいけない。
彼女は、フィリップに正直に話してしまうのはまずいと考えた。親切な彼を裏切る事になるものの、話してから逃げたとしても、あまり差は無いと考えたのだ。
「実は、もう1つ直してほしい物があるわ」
彼女はそう言うと、ベッドへ向かった。そして、ドレスをそこに置くと、代わりに大きな枕を持ってきた。これは別に嘘ではない。現に彼女が持つ枕の布地には、裂け目がいくつかできてしまっている。戦で良質な枕が不足しているだけでなく、彼女の寝相が悪いのが原因だ……。
ブリタニアは、フィリップが枕を修繕する隙をつく形で、彼から離れるつもりだった。「彼は彼で好きな事に取り組めるわけだから」が、彼女の考えだ。
「大丈夫ですよ。さっそく始めますね」
何も知らないフィリップは快諾する。とはいえ、フィリップの口調と表情は堂々としていた。今の彼の雰囲気は、姉であるマリアンヌにかなり似ている。