愛憎渦巻く世界にて
テントの壁を斬り裂き、中に入るゲルマニア。彼女は剣を構えながら、慎重に寝室へ向かう。
彼女は、兄君を殺すつもりでいた。実の兄とはいえ、無能で無教養な上、無礼な彼を、心の底から嫌っているのだ……。おそらく、国王である彼女の父親も、彼女と同じ感情を抱いていると思われる。
そのため、兄君を暗殺しても、彼女に重罪が課せられる可能性は低い。とはいえ、あまり大きな騒ぎにはしたくないのが、彼女の望みであった。周囲が混乱している今は、まさに絶好のチャンスなのだ。
寝室は、5メートル四方ほどの部屋だった。増設されたテントとはいえ、ベッドなどの家具は高級品だ。
「戦場には似合わない贅沢さだな」
彼女は文句を口にする。もちろん、この部屋に隠れているであろう兄君と副官に聞こえるようにだ。
「そこか!?」
一歩踏み出した彼女は、ベッドにかかる毛布を剣で薙ぎ払った。羽毛が少し舞い、毛布は床に落ちる。
……ベッドの上には誰もいなかった。だが、ベッドの下から、わずかな物音が漏れ聞こえた……。誰かがそこに隠れているのは確実だ。
「兄上、覚悟!」
一気に片をつけるべく、ベッドの上から剣を突き刺すゲルマニア。勢いよくベッドに飛び乗ったので、マットレスがボヨンと弾んだ。
「ううっ!」
ベッドの下から聞こえるうめき声。剣が見事命中したようだ。声の調子から察すると、急所に突き刺さったのだろう。
「違う! 兄君の声じゃない!」
ベッドの下で苦しんでいたのは、兄君ではなく副官であった……。とはいえ、連帯責任で彼も殺すつもりだったので、ゲルマニアに罪悪感は沸かないようだ。
「人違いをするとは、間抜けな妹だ!!!」
ベッドの横にある、両開き式の洋服タンスから、兄君が飛び出してきた。彼の両手には、剣が握られている……。
「返り討ちにしてやる!!!」
振り下ろされた剣を避けるゲルマニア。マットレスが破れ、羽毛がブワンと舞い上がる。
「なんとか使えるようになっている感じだな!」
軽口を叩く余裕はあるゲルマニアだったが、彼女の剣は、マットレスに突き刺さったままだ。引き抜くスキを見つけなければ。
「初手柄の人間が、おまえになりそうだ!」
剣を振り降ろしまくる兄君。手馴れていないらしく、剣の動きは安っぽかった……。ただそれでも、直撃すれば命はないだろう。
兄君の攻撃を避けつつ、剣を引き抜くタイミングを待つしかないゲルマニア。