愛憎渦巻く世界にて
第36章 イッコク
ゴーリの大軍は、ひたすら大地を移動していた。彼らの目的地は、1番大きな城門の反対側に位置する城壁だ。頑丈な城壁を、不意打ちと力づくによって、突破する計画なのだった。
ところが、先頭にいる者たちを除き、多くのゴーリ兵たちは、そのことを知らずに、ただ前の者についていっているという有り様であった……。なにせ、事前にこの計画は周知されず、いきなり叩き起こされる形で、進軍させられているのだから、仕方のない話である。目的地のことぐらいは、伝言リレー形式で回されたかもしれないが、まだ寝起きの者たちが正確に伝達できたとは、とても思えない……。
「おー、眠い眠い」
「いったい今度は何だ?」
眠たそうに話す兵士たちに、やる気は見られない。伝染する形で、足取りが次第に遅くなる。
「おい!!! 歩くな、走れ!!!」
まだやる気が残っているらしい何人かの士官が、そんな彼らに檄を飛ばした。しかし、その効果は一時的なもので終わる……。
大きな攻城塔が移動するスピードは、悲惨なほど遅かった。遠くから見たら、止まっているのではないかと思えるだろう……。
「クソ! こんな時間に力が出るかよ!」
「馬もそんな感じだぜ」
兵士や馬は、必死の形相で攻城塔を引いている。
なにせ攻城塔は、数階建ての塔に車輪を付けたようなものだ。この塔の高さを利用して、城壁の上にあがることができる。しかし、防備の都合もあり、戦場では1番の鈍重な存在だ。移動には多くの人馬が必要である。
そのため、寝起きで力不足の兵士や馬にとっては、この移動は苦行でしかなかった……。だが、文句を言っても無駄だ。
ムチュー軍は、そんなゴーリ軍を見届けつつ、奇襲を始めようとしていた。枯れ木などの影に隠れたムチュー兵が、弓矢を構える。
彼らが始めに狙うことにしたのは、隊列から離れて行進しているゴーリ兵だ。見張りのために隊列から離れているわけだが、一見したところ、見張りを口実にサボっている者が多いようだ……。
「ウッ!」
「ガハ!」
ムチュー兵たちは、そんなゴーリ兵たちを1人また1人と、矢で始末していった。地面にバタバタと倒れていくわけだが、隊列のゴーリ兵たちは、眠たそうに行進することで精一杯らしい。そのため、攻撃を受けていることに気づいたのは、10人ぐらいやられてからであった……。
「て、敵襲!」
「どこから飛んできたんだ!?」
たちまち恐慌状態に陥るゴーリ兵たち。隊列はバラバラと乱れ、統率が崩れていく。
「応戦しろ! すぐに応戦するんだ!」
副官が剣を振り回しながら叫ぶ。兄君は、この大混乱にただ焦るしかない様子だった。