愛憎渦巻く世界にて
「とにかく散らばれ! 少しでも逃げ道を与えれば、敵に迎撃態勢をつくられてしまう!」
「合図は日の出だ! 太陽を背に奇襲をかけろ!」
「敵陣に突入したら、軍勢を崩して、ただ戦え! 敵に与えてはならないのは余裕だ!」
兵士たちに命令と鼓舞を飛ばすゲルマニア。そして、それに勇ましく返してみせる彼ら。今や彼女と同じく、真剣さと覚悟だけしか感じられない。
すでにシャルルたちと兵士たちは、洞窟の入口部分に到達している。幸いなことに、近辺に敵はいなかった。しかも、奇襲を仕掛けるのに有利な地形だとわかっていた。
今は、もうすぐ迎える日の出のため、最後の用意をしている。高い士気のおかげもあり、それは順調かつ急ピッチで進んでいる。
あまりにも最高の状況が整っているため、指揮官であるゲルマニアは、思わず笑い出しそうになっていた……。しかし、油断することのないよう、彼女は気を引き締め直した。
――ゲルマニアの期待に応えるべく、あちこちへ散開していく兵士たち。もちろん、敵であるゴーリ兵が巡回や立ち番をしていたが、彼らのほとんどは眠ってしまっていた……。自分の身の安全もかかっているにも関わらず、ゴーリ軍の士気の低下はそこまで進んでいたのだ。
そのため、逆に士気の高いムチュー兵たちが、敵に見つからぬよう移動することは容易であった。奇襲の用意が済んだ兵士たちは、こっそり潜みつつ、日の出を今か今かと待ち侘びている……。
「おい!!! おい!!!」
ビクトリーから送り込まれた伝令は、その呼び声に目を覚ます。彼は、ムチュー王国首都の門の前で寝転がっていた。
「……ああ、やっとか?」
目をこする伝令。とても眠たそうだ。すっかり夜は更けており、東の空が明るくなり始めている。日の出まではもうすぐだ……。
伝令の彼は、ムチュー王国の首都に入ろうとしていた。しかし、首都への門において、またしても足止めを喰ってしまったのだ……。
「待たせてな! 今開けてやるが、すぐに入るんだぞ!」
門番はそう言うと、のぞき窓を閉じた。
「やれやれ、何時間待ったと思っているんだ……」
愚痴をこぼす伝令。しかし、状況が状況なので仕方がない対応だといえる。