愛憎渦巻く世界にて
奇襲作戦のため、準備を整える兵士たち。鍛冶屋が鉄を鍛える音が、休むことなく中庭に響く。最近は防衛続きだったため、久しぶりの攻撃に燃えているようだ。
「くれぐれも出撃の時間には遅れるなよ!」
ゲルマニアは、兵士たちに声をかけて回っていた。ゴーリ軍時代では、それが日課であった。
彼女は、もう準備万端の状態で、戦いへの待ち遠しさすら感じられた。オレンジ色を増しつつある西日が、銀色の彼女の鎧を、厳かに輝かせる。
シャルルたちも、自分たちなりに準備を整えていた。シャルルは、少しでも戦いの役に立つため、ひたすらクロスボウの練習をしている。ウィリアムとメアリーは、できるだけ長く戦えるよう、矢や銃弾の数を揃えている。銃弾は、首都にあるタカミ帝国大使館から分けてもらった物だ。そして、ゲルマニアの直近で戦うクルップも、自慢の剣をしっかりと美しく磨いていた。
マリアンヌも加わりたがっていたものの、さすがに戦わせるわけにはいかないので、後方で救護に当たってもらうことにした。ただそれでも、危険な戦場にいることには変わりはないため、護衛の兵士といっしょにいることと、危険な場合はすぐに退避することを、彼女に約束させた。
「陛下! ゲルマニアが勝手に、あの奇襲作戦を実行に移そうとしておりますぞ!」
中庭でのことは、あっという間に国王の耳まで届いた。
大臣たちは怒るとともに、驚愕していた……。元は敵だったゲルマニアの求めに対し、兵士たちが喜んで志願していたからだ。兵士たちの愛国心を疑っているわけではないが、あれほど好戦的な姿を見たのは初めてだった。まるで、ゲルマニアの強気な性格が感染したかのように思えたのだろう……。
「そうか」
しかし、国王はそう返事をしただけであった……。その表情や口調には、怒りや怯えなどの感情は無い。
「ゲルマニアは、陛下や我々の権威を踏みにじったのも同然です。一刻も早い解任を求めます」
素っ気ない国王に、すみやかな対応を促す大臣。
「いや、その必要は無い」
だが、すぐに却下された。
「……恐れながら、国王陛下。それはなぜなのですか?」
「今の私に、彼女を止める資格など無いからだ。……言っておくが、貴様らも同じだぞ。彼女のやりたいようにやらせてやれ」
国王がそう言い切ると、大臣たちは顔を見合わせるしかなかった……。これではどうしようもないからだ。
……国王は、今の自分に嫌気が差していた。兵士たちが、危険な奇襲作戦に喜んで参加しているのに、自分や大臣たちは安全な場所にいるだけだからだ。