愛憎渦巻く世界にて
第35章 セッキン
――ゲルマニアが、奇襲作戦への志願者を募った日の夜。
ビクトリー率いるタカミ軍の一隊は、ムチュー王国の首都へ向かって行進していた。ただ、ブリタニアというやっかいな同行者の少女もいる……。
「まだ〜!? もうすっかり夜じゃない!」
「も、もうすぐですよ!」
2頭の馬に引かれた荷車の中から、ブリタニアが不満そうな声をあげた。そして、返事をするビクトリー。
ブリタニアは、鉄製の箱のような荷車で、ムチュー王国首都への到着を、今か今かと待ちわびていた。短気な彼女は、あの港町セヌマンディーから出発してすぐ、退屈さに不満の声を上げ始めていたのだ……。長旅になることはわかっていたはずだが、それを指摘しても、逆切れされるだけだろう……。
「……あの丘を越えれば首都のはずだが、風が妙だ」
片手に持った地図と、遠くの景色とを見比べながら、ビクトリーが呟く。今夜は野宿ではなく、首都で泊まる予定だった。ところが、目印となる首都の灯りがちっとも見えないため、苦労しているところだった。
「……血の匂いが濃い。近くに新鮮な戦場があるな」
風の匂いから感じ取ったビクトリー。船にいるときは、匂いから天気を感じ取れるのだった。
「ん?」
1番先頭にいた兵士が、ビクトリーのほうを振り返り、手で合図を送っている。その兵士は丘の上におり、周囲を眺めることができるはずだ。
その合図の意味を把握したビクトリーは、兵士たち全員に一旦停止の合図を送った。すると、一隊はすぐに行進をやめる。どうやら、先頭の兵士が何か発見したようだ。
「ちょっと! なんで止まるの!?」
ブリタニアが、荷車のドアを少し開けて言った。
「しぃー。お静かにお願いします」
ビクトリーは、口元に人差し指を立てている。さすがにブリタニアも、今が緊急事態であることを察することができ、ドアを閉めて静かにしてくれた。
ビクトリーは何人かの兵士に指示を出し、ブリタニアの安全を確保すると、丘へ向かった。彼は、血の匂いの根源が、丘の向こうにあることを確信していた。
「最悪のタイミングで来てしまったようだな」
丘の上に立ったビクトリーは、愚痴っぽくこぼした……。
確かに、丘の向こうには首都があった。しかし、御存知の通り、首都の周囲は、ゴーリ軍によって完全に包囲されていた……。この丘の上からだと、その規模がよくわかる。
「どうやら、ゴーリの連中に話を通さなきゃいけないようだな」
ビクトリーの視線の先には、大きな陣地があった。あの兄君のテントがある場所だ。
「おい、誰か伝令を頼む。あと、手元を照らしてくれ」
彼は、ポケットから紙と筆記具を取り出しながら、兵士たちに言った。