愛憎渦巻く世界にて
「おい、何かいい匂いがしないか?」
投石機のそばにいた兵士が、鼻を嗅いでいた。
「……メシの匂いだ。飯の時間はまだなのにな」
「美味しそうだな……。匂いだけでわかるよ」
近くにいた兵士たちも鼻を嗅ぐ。もちろん、攻撃の手を止めてだ。
その美味しさを感じさせる匂いは、あの兄君のテントから漏れ出てきていた……。誰かが出入りする度に、テントの中に立ちこめている匂いが、ムワッと外へ流れ出る。
テントの中にいる兄君は、豪勢な昼食を取っていた……。豪華な装飾が施されたテーブルの上には、迫力のある肉料理や、新緑を感じさせるサラダなどが、所狭しと並べられている。兄君は、1つ食べ終わると、イスの横に皿を積み上げていく。
副官はそれを見守りつつ、調理係に指示を出していた。次々に運び込まれる料理。ちょうど今運ばれたのは、子牛の丸焼きだ。肉汁だけでも、十分な御馳走だろう……。(ちなみに、この部分を執筆していたのは、深夜のことです……。お腹減った……)
ふと気がつけば、テントの出入口付近に、匂いに釣られた兵士たちが集まってきていた……。まるで腐臭に吸い寄せられるハエだ。
さすがに、堂々とサボるのはまずいと思っているのか、何かの仕事をしているフリを見せている……。彼らの目と鼻は、出入口のわずかな隙間へ向いていた。
最初は、豪華な食事を羨ましげに感じていただけだったが、次第に、堂々と食事を取る兄君への反感に変わった……。すでにあった反感の上に、さらに反感が積み上がっていく。なにせ、兵士たちが口にしたこと無いような、贅沢な御馳走だからだ……。
「次期皇帝がアレでは、我が国はおしまいじゃないのか……」
そんな危ないセリフを、ある兵士は思わず呟いた。しかし、それを咎める者は、1人もいなかった……。ここにいる全員が、同じ気持ちを抱いているらしい……。
テントの外でそんなことが起きているとは知らずに、兄君は食事をただ続けていた……。
――シャルルたちが救護作業の休憩を取っていると、ゲルマニアとクルップが突然やってきた。
「みんな、私はあることを提案したい」
ゲルマニアはこう切り出した。
「休憩時間は短いから、手早くお願いするわ」
疲れ顔のメアリーが促す。
「わかっているとは思うが、このままでは我々のジリ貧だ。そこで私は、全戦力を持っての奇襲をかけたいと思う」
ゲルマニアが提案したのは、死を覚悟した突撃戦法であった……。
しかし、このまま籠城戦を続けるにしても、死を覚悟する必要がある。ゴーリ軍が攻略を諦めて、渋々と撤退してくれることなど、誰も期待していなかった……。ゴーリ軍側も、持久戦になることぐらい、十分に予想できていたはずだ。