愛憎渦巻く世界にて
「しかし!」
その敵兵は躊躇した。姫君であるゲルマニアの願いとはいえ、国を裏切るようなものだからだ。
「諸君の名誉と安全は、私が保証しよう! どうかこれ以上、私の前で無駄な血を流さないでくれ!」
ゲルマニアは、敵兵たちに訴えかけた。
このままだと、しびれを切らしたムチュー兵たちに殺されてもおかしくない。現に、何人かの兵士は、ゲルマニアと敵兵たちのやり取りを訝しげに見ていた。
「……わかりました」
「もしものときは、よろしくお願いします」
渋々ながらも、敵兵たちは降参してくれた。手にしていた武器を、その場に放り捨てる。
「おい! この者たちを収容しろ! くれぐれも、乱暴はするんじゃないぞ!」
ゲルマニアは、周囲にいるムチュー兵たちに命令した。さっそく、捕虜となったこの敵兵たちを護送するため、馬車が用意されることとなった。
「敵が引き上げていくぞ!!!」
ハシゴを使って、外壁の向こう側を覗き見た兵士が、振り返って叫んだ。破壊槌で塞がっている門の向こう側を見るゲルマニア。
ここでの戦闘に夢中になっていたため、気がつかなかったが、敵軍団は陣地までの退却を始めていた。西の地平線へ沈みゆく太陽が、彼らの背中を照らしている。
「……今回は引いてくれたようだな」
ゲルマニアは、一安心できた。ひとまずの小さな勝利だが、彼女の作戦は成功したのだ。
「うおーーー!!!」
「ざまあみろ!!!」
歓声を上げる兵士たち。撃退の知らせを聞きつけた民衆も、大喜びでやってきた。おそらく、死を覚悟していたのだろう。
「うまくいきましたね。オレたちは何もやってませんが」
たしかに、クルップや騎兵たちは、敵の元へただ走っただけだった……。それでも、騎兵たちのほうは、この勝利を嬉しそうに受け入れている。
「活躍させてやれなくて、済まなかったな」
馬をなでるゲルマニア。馬は退屈そうな様子だった。
そして、ゲルマニアは、シャルルたちのほうを見た。窓の向こうに、喜んでいる彼の姿が見えた。クロスボウを片手に飛び回っている……。まるで、幼い無邪気な子供だ。
「やれやれ、変な達成感を得てしまったな、アイツは」
彼女は苦笑いを浮かべる。
「ゲルマニア姫。あの王に早く知らせてやりましょうよ」
クルップが話しかけてきた。すぐに元の顔に戻るゲルマニア。
「ああ、そうだな。マリアンヌも待ちかねているだろう」
「きっと、あそこのシャルルみたいに飛び回りますよ」
思い出したように、苦笑いを浮かべるクルップ。どうやら、彼も見ていたようだ。