愛憎渦巻く世界にて
第32章 テンショク
――雲1つ無い綺麗な空とは対照的に、大地は醜い有り様だった。
ゴーリ王国の大軍は、ムチュー王国の首都を包囲していた。ネズミ1匹も逃がさないような、完全な包囲網が敷かれている……。
兵士たちは、武器や鎧を整え終わり、設置された大小の攻城兵器と共に、攻撃の合図を今か今かと待ちわびていた。合図があった途端、一斉に首都への攻撃を始められる。
首都は、頑丈な外壁によって守られていたが、この大軍の攻撃には、とても耐えきれるはずがない……。ムチュー王国の灯は、いつでも儚く消えるだろう。
そんな状況だったため、この大軍を指揮する兄君は、余裕しゃくしゃくでいられた。ただし、彼の副官は、てんてこ舞い状態だ……。初めての戦場である兄君が、どんどん個性的な指示を飛ばすものだから、忙しいのは当たり前だった。
「殿下! 包囲網および攻撃準備が整いました!」
ようやく確認まで終え、兄君に報告する副官。
兄君は、ソーセージをつまみに、ビールをゴクゴク飲んでいた。勝手に前祝いをしていたようだ……。
「よくやった! では、すぐに攻撃に移れ!!!」
上機嫌に、攻撃の合図を出すよう言いだした。
「待ってください! 首都にはゲルマニア様が! まずは、使いの者を送るべきです!」
副官は慌てた。激しい攻撃に、ゲルマニアが巻き込まれない保証など、どこにもない。
「ゲルマニアも軍人だ。覚悟は決めているだろう」
自分の成功のためならば、妹のことなどどうでもいいようだ。
「わ、わかりました」
しかし、兄君が言っていることは正論だったため、副官は何も言い返せなかった……。
そのころ、その首都の王城前では、マリアンヌが演説を続けていた。もちろん、自分たちが包囲されていることなど、知らずにだ。集まっている群衆の騒めきや、頑丈な外壁に阻まれ、ゴーリ軍の展開に気がつかないのだ。
そんな状況だったため、やってきた見張り台からの伝令は、驚きを隠せなかった。必死に馬を走らせてきてコレなのだから、当然の反応だった。
「急いで知らせなくては」
伝令は、包囲の件を伝えるため、王城に入ろうとする。しかし、大勢の群衆のせいで、それ以上進むことができない……。
「おい!!! どいてくれ!!!」
そう呼びかけたが、マリアンヌの演説に夢中な群衆は、聞かないフリをしているだけであった。彼らの視線は、彼女がいるバルコニーに向いたままだ。
この様子だと、彼女が演説が終わるまで、ここで待つしかない。しかし、それでは手遅れになってしまう……。