愛憎渦巻く世界にて
「やってみなくてはわかりませんわ!」
切羽詰まった状況だったとはいえ、マリアンヌは本気だった……。それは、国王に伝わったらしく、
「……では、やってみせよ」
そう言うと、剣をさやにおさめた。
「おっ、マリアンヌを出してきたか。この熱気を和らげるには、女の声のほうがいいかもな」
感心気に喋るウィリアムの視線の先には、バルコニーに立つマリアンヌの姿があった。大勢の人々が、突然現れた彼女にざわつく。ただ、本人は緊張などしていなかった。その毅然とした感じは、父親である国王に似ていた。
「みなさん!!!」
マリアンヌは深呼吸をした後で、人々に呼びかけた。
「はっきりとした大声だ。いいスタートを切ったな」
ウィリアムが偉そうな感想を述べる……。
「マリアンヌ様は、弟さんに読み聞かせをよくやっておられて、喋るのは得意らしいですよ」
メアリーが、マリアンヌの新設定を2人に解説すると、彼らはわざとらしさいっぱいでうなずいてみせた……。
マリアンヌは、最初の呼びかけをした後、人々の様子を黙って観察していた。彼女は、人々が自分の話を聞く姿勢になるのを待っていたのだ。
人々はまだざわついていたが、自分たちを黙って見ているマリアンヌが気になり、次第に静かになっていった。これで、彼女の話を聞く姿勢になったわけだ。人々の目と口は今や、彼女に集中している。
彼女は一呼吸置いた後で、人々に話し始める。しっかりとした流暢な口調だ。内容は、地下室にいた頃の苦しい話から始まり、シャルルたちとの旅の話などだ。中でも重点を置いたのは、ゲルマニアに助けてもらった話だ。これを強調することにより、ゲルマニアへの敵対心を少しでも和らげるのが狙いだ。
話し上手な彼女のおかげで、お涙頂戴の感動物となった……。人々の中には、感極まって泣き出す者が出てきた。表現を多少大袈裟にしたところはあるが、目的の達成のためには仕方あるまい。
また、話をわざと長くし、人々を覆う熱気を冷やす時間をつくった。悪く言えば、うやむやにして忘れさせるというわけだ……。しかし、そのおかげで、人々はゲルマニアに対する殺意は少しずつ消えていった。大衆というものは、熱しやすく冷めやすいものだ。ただ今回は、それが幸運となった。
彼女の話に、人々は完全に虜となっていた。扇動的な国王の話し方に対して、彼女の話し方は感動的だ。どちらにしろ、人を惹きつける、または騙す話し方という点は同じだ……。