愛憎渦巻く世界にて
「…………」
ゲルマニアたちの一部始終の会話を、謁見室の前ですっかり聞いてしまった者がいた……。
それは、監獄にいたあの兵士であった……。彼は上官から、クルップを雑居房から独房へ移す許可をもらうために、謁見室の前を通りがかったのだ。
大義が無意味であることを立ち聞きしてしまった彼は、上官の元へ向かうことなどすっかり忘れ、慌ててどこかへ走り去ってしまった……。
マリアンヌが父親である国王と口喧嘩をしていた頃、城下町の噴水広場では、シャルルとウィリアムとメアリーが困り果てていた……。
城下町の中心部にある噴水広場には、多くの人々が行き交っていたが、そこに活気は感じられない。噴水の石造りの囲いに寄りかかっている者が何人かいたが、彼らは皆、この戦争でカタワになってしまった哀れな者たちであった。彼らは自分の目の前に小さなボロ布を広げ、物乞いをしていたが、行き交う人々の誰一人として相手にしていなかった。
噴水近くのベンチに座っている彼ら3人は、カタワの物乞いから発せられる異臭を不快に感じながらも、城へ連れていかれたマリアンヌやゲルマニアやクルップをどうやって助けべきかを静かに話し合っていた。
この国の姫であるマリアンヌの身は安全だろうが、敵国の姫であるゲルマニアやクルップの身は危険極まりない。マリアンヌには悪いが、まずはあの2人の救出が先だ。まずは、またあの城に潜入する方法を考えねばならない。
とはいうものの、前回と違って、それは非常に困難であることがすぐにわかった……。
まず、前回のように変装して潜入する手段だが、それはまず不可能な対策が施されてしまっていた。業者の城への出入りが一切禁止され、業者がやっていた食糧の搬入やし尿の回収は、兵士たちが代行していた。
次に、こっそり忍び込む手段だが、これも奇跡が起こらない限り不可能だという結論に達した。もちろん、城の周囲を何周もグルグルと回り、潜入方法をいろいろ考えた上での結論だ。全員が、穴などはどこにも無いと断言できるほどの厳重な警備態勢が敷かれていた。
そして、最後に考えた手段は、正面から堂々と城に行き、身分を明かして入れてもらうものだ。だが、ピリピリとしたげんじゅうな警戒態勢のせいで、城門はおろか、サポートを頼めるタカミ帝国大使館にも近づけなかった。少しでも近づこうとすれば、
「そこの怪しい者たち!!! それ以上近づくな!!!」
という怒声が警備の兵士から届けられるだけだ。そんな有り様なので、その場で身分を明かしても信じてもらえない。もしかすると、ゲルマニアたちを連行したあの隊長が、首都中の兵士たちにシャルルたちの人相書を配布したのかもしれなかった。それなら、相手にしてもらえるはずが無い。