愛憎渦巻く世界にて
「へっ、貴族のボンボンが偉そうに!!!」
うんざりした口調のその声は、クルップと同じ雑居房にいる捕虜の中年男からだった……。下流階級出身らしいその男は、上流階級出身のクルップを嫌っているようだ。詳細は不明だが、異臭を放つボロボロの服装が、貴族出身の人間を嫌う理由を物語っている……。
「こんなところに、こんなに威勢のいい奴がいるとは思わなかったな」
思わずムッとしたクルップは、皮肉でそう言い返す。
「ええ、よく言われますよ! まさか、貴族の連中のせいで、こんなところで寝泊まりするハメになるとは、夢にも思いませんでしたけどね!」
わざとらしい敬語で、男はさらに言い返す。
「それはどういう意味だ!?」
「……まさか、とぼけるとは思いませんでした。この戦争で1番得をしたのは、軍事関係の事業も展開しているあなたたち貴族でしょう? 違いますか?」
「…………」
クルップは、それ以上何も言い返せなかった……。彼の父親は、馬車をつくる事業を展開しており、この戦争で儲けているのは事実だからだ……。ただ、クルップにその責任は無いといえる。
「ほらみろ!!! その通りなんだ!!!」
男は得意げな口調で、他の捕虜たちに言う。多くの捕虜たちは、黙ってうなずいていた。牢屋の中に、クルップの味方は1人もいないようだ……。
「このままここにいたら危ないということは理解できるだろう?」
クルップは視線を、男から兵士に移してから言う。
「あ…ああ、それもそうだな……」
「じゃあ早く、ここからどこかへ移してくださいよ!」
しめたと思ったクルップは、兵士に強く促す。
「その前に、上官の許可が必要なんだ。ちょっとそこで辛抱してくれ」
すると、兵士はこの不穏な状況で、上官に許可を求めに行ってしまった……。響く足音は、どんどん聞こえなくなっていく。
「なあ、ボンボン。相互理解を深めようじゃないか?」
男や他の捕虜たちは、クルップに不穏な笑みを向ける……。今にも殴りかかってきそうだ。あの兵士が戻ってくるまでの喧嘩は、避けられそうにない……。
クルップは、自分が剣を今持っていないことを、悔しく感じた。もし剣があれば、さっさと彼らを皆殺しにして、この雑居房を独房に変えることができる。ただ、彼には、素手でも彼らに勝てる自信があった……。