愛憎渦巻く世界にて
セヌマンディーを出発してから数日後の昼過ぎに、隊長一行とシャルルたちは敵に遭遇することもなく、ムチュー王国の首都に到着することができた。ただ、ひそかにシャルルたちは脱走の機会を伺っていたが、厳重な見張りのせいで不可能であった……。
首都周辺の大地は、戦争ですっかり荒れ果てており、ほとんどの草木が消え失せていた……。放置された武器、壊れた投石機、白骨化から死んだばかりまでの人間の死体などが、吹きさらしの大地のあちこちに散在している……。それらは、この世から完全に見捨てられているかのようだった……。
もはや、マリアンヌが城から脱出した頃とは大違いの荒涼たる光景であった……。シャルルとマリアンヌは、とても同じ場所とは思えず、愕然としている……。
「……じきに元通りになりますよ! もうこの戦争は終わりますからね!」
愕然としているマリアンヌを、すぐそばの女兵士が安心させようとする。だが、彼女が目にしているのは、現在の現実の光景だ……。彼女の目には、もうしっかりとこの光景が焼き付いている……。
首都に入る門の前でしばらく待機していた後、ようやくゆっくりと門が開いた。ただ、門はダメージを受けて壊れかけているらしく、ギシギシという変な音を立てていた……。全員が門をくぐると、また変な音を立てながら閉まる。
首都の城下町は、戦争による疲弊が見て取れる有様であった。頑丈な外壁のおかげで、建物へのダメージは少なかったが、生活そのものへのダメージは大きいようだった……。混沌とした戦争の影響で、物流がマヒしてしまっており、人々は痩せ衰えてしまっている……。メインストリート沿いの建物の壁際に、汚い布切れの上で寝転がっている子供がいたが、もしかしてたら死んでいるのかもしれない……。ハエが何十匹も滞空している……。
だが、シャルルたちは、その子供の生死をわざわざ確かめる勇気までは持ち合わせていなかった……。特に、この戦争は自分のせいだと思っているマリアンヌとゲルマニアは、目を背けることしかできなかった……。
メインストリートを半分ほど進んだとき、沿道にたくさんの人々が並んでいた……。人々は手を振り、マリアンヌと兵士たちに歓声を浴びせていた。
実は、隊長が首都に早馬で伝令を送り、ゲルマニア拘束とマリアンヌ保護のことをもう伝えてあったのだ。沿道にいる人々は、その2件の快挙を祝うために集まったのだろう……。
だがその人々は、今にも倒れそうなほど衰弱してしまっていた……。体だけでなく、発する声も弱々しかったが、
「ムチュー王国万歳!!!」
「これで我が国は一等国だ!!!」
セリフの内容だけは立派だった……。おそらく、今の彼らが生きる唯一の支えとしているのは、愛国心なのだろう。もしも、この戦争の大義である『先に相手国の姫を殺した国が、タカミ帝国と同盟を結べる』が、すでに無効になっていることを知れば、ショック死するかもしれない……。
マリアンヌは、そんなこと知らずに狂喜する人々に、笑顔で応えることなどできなかった……。