愛憎渦巻く世界にて
そのころ、セヌマンディーの港に停泊している船『ネルソン号』では、ブリタニアが歩き回っていた。
ついさっきまで彼女は、このセヌマンディーの惨状のせいで寝込んでいたのだが、いつも通りの元気を取り戻すことができたようだ。彼女の足取りは、城にいたときのように軽い。
ただ、ビクトリーたちにしてみてば、寝込んだままのほうが良かったかもしれない……。なぜなら、元気な彼女はとても活動的で、あっちにいたかも思えば、もうこっちにいるという感じだ……。もはや神出鬼没といった感じである……。
船内には大砲や火薬といった危険物を積んでいるため、彼女の行動は、責任者のビクトリーには冷や冷やものであった……。もし、硬い大砲に頭をぶつけてケガでもしたら、彼は定年まで閑職だろう……。
しかも、彼女は船内だけにとどまらず、船から降りてセヌマンディーを探検したがっていた……。ビクトリーは、そのことに困り果てていた……。
ビクトリーたちは、シャルルたちが自分たちを襲った連中を全滅させたことを知らなかったので、まだセヌマンディーに恐る恐る斥候を送っているような状況であった。そんな状況なので、ブリタニアを下船させるわけにはいかなかった……。
だが、ブリタニアの好奇心は強い。見張ってはいるが、この船への密航を許してしまったように、彼女は自力で下船してしまうかもしれない……。自立といえば聞こえはいいが、それに巻き込まれる自分たちはたまったものではない……。最悪、マストに縛り付けるしかないだろうが、そんなことしたら、それこそ文字通り首が飛ぶ……。良い方法か殺し文句を考えねば。
もちろん、ブリタニアのことだけでなく、行方不明になっているシャルルたちのことも考えねばならなかった。シャルルと彼を探しにいったまま戻ってこないウィリアムたち。いきなり勝手に町へ向かったので、ビクトリーにはあまり責任は無いだろうが、もしものことを考えれば、気にせずにはいられなかった。今は、船での仕事が忙しいため、町へ向かわせた斥候の活躍に期待するしかなかった。
「船長!!! 町でウィリアム様からの御手紙を見つけました!!!」
ビクトリーが船首部分でいろいろ考えていると、その斥候から無事に帰ってきたタカミ兵が、1枚の紙切れを持ってやってきた。
「なに!?」
ビクトリーは興奮した様子でよう言うと、奪い取るかのように、兵士からその紙切れを受け取った……。すぐに彼は、それに目を通し始める。
『私たち全員無事。ちょっとした事情があり、ムチュー王国の首都へ向かう。そちらは自由だ。帰国を許可する』
という文章が走り書きしてあった。
ビクトリーは、ウィリアムからの手紙の内容と同時に、手紙が血で汚れていることに驚いていた……。
「……じ…実は、その手紙は、あの連中のボスらしき死体のすぐそばに置いてありました……」
兵士が言いづらそうに言う……。手紙についている血は、死んだディープの血であった……。