愛憎渦巻く世界にて
地下室を出た2人は、上への螺旋階段を目指して、地下通路を走った。幸い、マリアンヌが地下室までの道順を覚えていたので、螺旋階段まで迷わずに進めた。
しかし、螺旋階段から降りてきた兵士と蜂合わせしてしまった。兵士は眠気で反応が鈍かったが、王女が見慣れない平民の少年といっしょにいることに気づくと、すぐに戦闘態勢に入った……。
そこでシャルルは、皿が乗ったカートを、兵士のほうへ強く蹴った。蹴られたカートは、勢いよく兵士に激突し、兵士はそのまま壁まで飛ばされた。
「グエッ!」
兵士は間抜けな声を上げて気絶した。シャルルはニヤリとしたが、マリアンヌは両手で顔を覆っていた……。
「この人、近衛兵よ」
マリアンヌは気絶している兵士を指さして言った。確かに、普通の兵士よりも立派な装備で、鎧にはムチュー王室のマークが刻まれていた。しかし、エリートの兵士が、カートの衝突でやられるというのは、いかがなものかという気がする……。しかし、シャルルは、近衛兵だったことなど気にしていないようだ……。
カートから皿が落ちて割れ、大きな音がしたので、その音を聞きつけた他の兵士がやって来るかもしれない、そう思ったシャルルは、マリアンヌを連れて、急いで螺旋階段を駆け上がった。地下室で長い間生活していたマリアンヌは、運動不足でもう息切れしていた。しかし、自由になれるという嬉しさから、息苦しいのは我慢した。
やがて、螺旋階段をのぼり終えると、スライド式のドアがあった。そして、そこを開けると、武器庫に出た。幸い、武器庫には誰もいなかった。スライド式のドアの外側は、棚になっており、ぱっと見ただけでは、棚の向こうに螺旋階段があるとはわからなかった。
「秘密の抜け道だったの」
マリアンヌがぼそりと言う。さっきの地下通路は、王室専用の避難経路だったようだ。
「では、地下通路のどこかにもう1つ出口があったのでは?」
シャルルが無礼にも、「なんでそっちを教えないんだ?」という表情で、マリアンヌに言う……。シャルルは、マリアンヌが王女であることを忘れかけている感じだった……。
「ごめんなさい。私はまだ知らないの……」
マリアンヌは申しわけなさそうに言った。
シャルルは納得すると、武器庫のドアを探した。そして、ドアはすぐに見つかったが、向こう側から鍵がかかっていた……。どうやら、ここから合図を送って、向こう側から鍵を開けてもらう形で出入りしているようだ。
シャルルはドアを蹴破ろうと思ったが、大きな音が立ってしまうことから、他にいい方法がないかを考える。マリアンヌは樽の上に座って、シャルルが鍵を開けるのを不安そうに待っていた。
シャルルはドアと壁とのすき間を覗きこみ、どんな種類の鍵なのかを確かめた。どうやら、南京錠で鎖を固定するタイプの鍵のようで、すき間から鎖が見える。
そこで、シャルルはいい方法を思いついたようで、武器庫の棚を漁り始めた。
「何を探しているの?」
マリアンヌが尋ねる。
「細い剣を探しているんですよ。ドアと壁とのすき間を通りそうなやつをね」
シャルルがあのすき間を指さして言う。どうやら、すき間から鎖を切断するつもりのようだ。マリアンヌはすき間を見た後、
「ノコギリなら通りそうだけど、剣じゃないから駄目かしら?」
マリアンヌが部屋のスミにあった工具箱を指さした。シャルルは手の動きを止めて、工具箱を見た。工具箱の中からノコギリが飛び出していた。
「……試してみます」
シャルルは、工具箱からノコギリを取り出し、すき間にゆっくりと差しこんでみた。
ノコギリは、スルリとすき間を通った。シャルルがニヤリと微笑むと、マリアンヌはニコリと笑顔で返した。
シャルルは、ノコギリを鎖に当て、音を立てないようにゆっくりと鎖を切断し始めた。