愛憎渦巻く世界にて
「行くな!!!」
シャルルたちが、町のほうへ逃げていったディーブたちの馬車を追いかけようとしたとき、ビクトリーが後ろから、弱々しくも大きな声で叫んだ。無理をして戦い切った彼は、今にも倒れてしまいそうなほど衰弱してしまっている。
その大声に、シャルルたちはとりあえず立ち止まったが、
「早く追いかけないと!!!」
「このままでは完全に逃げられてしまうぞ」
シャルルとウィリアムがそう言い返し、追跡を再開しようとした。相手は馬車なのだから、1秒でも惜しいのだ。
シャルルはともかく、自国の皇子であるウィリアムに言い返されてしまったビクトリーは、一瞬躊躇した後、
「お言葉ですが、今追跡するのは危険極まりません!」
そこでビクトリーは、進言という形で、ウィリアムにそう告げる。
「怖いのか? ビクトリー?」
ウィリアムは、ビクトリーにカマをかける。
「いいえ! 恐れながら、これは私の勘であります! もし、信用していただけないのでしたら、どうぞ解任なり反逆罪なりにしてください!」
ビクトリーは、最初から最後までしっかりとした口調で、そう言い切った……。彼は覚悟を示すために、手のひらを開き、両手を広げてみせた。彼の両手は、自分の血と敵の血で、すっかり汚れていた……。
もちろん、両手だけでなく、全身が血で汚れてしまっていたのだが、本人は全然気にしていない様子だった。血まみれの彼の姿を、しっかりと見てしまったマリアンヌは、失礼&KYなことに、気持ち悪くなって海に吐き始めた……。シャルルは、彼女を介抱するために戻る。
マリアンヌが海に朝食を嘔吐している中、
「わかりましたよ、わかりました。追跡は一旦止めることにします」
ウィリアムは、仕方なくといった口調で、ビクトリー進言に従うことにした。ビクトリーはウィリアムに、深々と謝意を示す。
「彼がここまで言っているんだ。みんなもいいな」
ウィリアムは、他のメンバーに理解を求める。
「まだ斥候を送る前だったし、確かに危険だな」
「仕返しはやろうと思えば、この戦争が終わった後でもできますしね」
他のメンバーも仕方なくといった口調で、追跡を一旦止めることを認める。
だが、シャルルだけは、全然納得していなかった……。ただ、覚悟を決めてウィリアムに進言したビクトリーを、自分が説得できるとは思えないため、言葉には出さずに心の中で留めていた……。
このままふ頭にいるのも危険なため、船に一旦戻ることとなった。シャルルたちはビクトリーと、船で今後のことを話し合うつもりだ。まずは、作戦を立てた上で町に向かうのか、別の港を探すのかを決める。
ちなみに、爆弾を持っていたあの兵士は爆死したらしい……。ふ頭をよく見回してみると、あの兵士らしき肉片があちこちに散らばっていた……。マリアンヌがもしこのことを知れば、また嘔吐することだろう……。