愛憎渦巻く世界にて
「……まあまあ、本当に悪い国がどこかなど、正直どうでもいいことではありませんか。その答えは、後の歴史家が決めることですよ。それより」
ディーブは半笑いでそう言うと、片手をそっと上げる。
「今は今でやるべきことがあります」
数人の男たちが、ディーブの両サイドに立つ。彼らは、マスケット銃を手にしていた……。言うまでもなく、タカミ兵たちが持っていた武器だ……。ふ頭に落ちていたのを拾ったのだろう。
「構うことは無いです。全員撃ち殺しなさい。まずはそいつらからです」
ディーブが彼らにそう命令を下すと、彼ら全員がうなずいた。どうやら、自国の姫であるゲルマニアも殺す覚悟ができている様子だった……。
彼らは、慣れない手つきだが、マスケット銃をしっかり構える。先ほどの暴走馬車のときに、タカミ兵たちがマスケット銃を撃つのを観察していたようだ。ディーブは、そこまで計算した上で、暴走馬車をシャルルたちに向かって走らせたのだった……。
この抜け目の無い悪賢さが、彼を戦場や修羅場で生き残らせてきたのだ。このままでは、今回もそうなりそうである……。銃口の先には立ち泳ぎのシャルルたち……。彼らの近くにいるタカミ兵たちには、もうどうしようもできなかった……。
「グハッ!」
彼らの指がマスケット銃の引き金に触れたときだった。そのうちの1人が悲痛な声をあげたかと思えば、首の後ろから大量の血を噴き出させた……。
「おおっ、汚ねえな」
その噴水のような血しぶきの向こう側にいたのは、頭から血を流しているビクトリーであった……。彼は血で染まったサーベルを手にしている。負傷していたが、なんとか戦えるようだ。
「勝手に俺たちの持ち物を使ってもらっちゃあ困るよ」
ビクトリーは、手の甲で額の血を拭いながら、マスケット銃を構えたままの男たちやディーブに静かに言った。周囲にいた敵は、思わず後ずさりする。
「先にこの男を殺しなさい!」
ディーブがまた命令を下した次の瞬間、また1人の男がビクトリーに斬殺された。胸から噴き出す大量の血が、すぐ横にいた男の顔を濡らし、一時的に視界を奪う。
「うわ!」
血で目を開けられなくなったその男は、思わず慌てた拍子に、マスケット銃を発砲させてしまう。幸いなことに、発射された銃弾は、シャルルたちではなく、敵の男の頭部に命中してくれた。誤射された男の頭部から、脳の破片と銃弾が血しぶきとともに勢いよく飛び出す……。誤射したほうの男は、必死に顔の血を拭いとっていたが、ビクトリーによって、今度は自分の血で顔を濡らすこととなった……。
シャルルたちとタカミ兵たちは、この一連のスキを利用し、海からふ頭に急いで上がった。タカミ兵たちはふ頭に上がると、勇ましい声をあげながら、ディーブの手下たちに飛びかかっていく。多くのタカミ兵たちは丸腰だったが、手下たちはビクトリーに気を取られており、突然の突撃に慌てふためいていた……。形成が一気に逆転したというわけだ。
シャルルたちも加勢し、ディーンの手下たちを1人また1人と倒していく。メアリーは、濡れて使えない短筒の代わりにナイフを使っていたが、ナイフの腕前も確かなものであった。