愛憎渦巻く世界にて
東の空から届く強烈な日差しと落ち着いた波音が、癒しのひとときを演出してくれる。……だが、そんな癒しの演出は、今のセヌマンディーにはもったいないものでしかなかった……。
そんな現実を目の当たりにしたブリタニアは、部屋にひきこもってしまった……。彼女は今頃、帰りたい帰りたいと強く思っているに違いない……。まったくもって、身勝手な女である……。
シャルルたちを乗せたネルソン号は、ふ頭に低速で接近する。ところどころ崩れてしまっているふ頭を平行に、ゆっくり進む。
その石造りのふ頭で無事に停船している船は、1隻も無かった……。このまま修理せずに放っておけば、早いうちに沈没してしまうことだろう。
ふ頭から少し離れたところにイカリを下ろして停まり、そこからボートでセヌマンディーに上陸することも可能だった。だが、港湾内に無数の死体が浮かんでいるため、ビクトリーがシャルルたちの気持ちを気遣ってくれたのだ。おそらく、ボートでの上陸だった場合、マリアンヌはふ頭に着くまでに気絶してしまうことだろう……。
ベテランの船員が、石積み式のふ頭にある杭めがけて、甲板からロープを投げ落とす。うまく杭にロープが引っかかったとしても、杭が壊れていては意味が無いのだが、試してみて損は無いだろう。
幸いなことに、ロープが引っかかった杭は、ネルソン号を見事停船させてくれた。念のため、ベテラン船員が確認するが、特に問題は無いようだ。不幸中の幸いというわけである。
船からふ頭へ下ろされる縄バシゴ。
ネルソン号を出迎える人はもちろん、ふ頭や港のどこにも人の姿は見えなかった……。家の中に閉じこもっているのかもしれないが、救助に来たわけではないのだから、わざわざ探しに行く必要は無い。
不気味な静かさから、ムチュー王国とゴーリ王国との戦闘はすでに終わっているようだが、緊張を緩ませるわけにはできそうにない。もしかすると、敵がどこかに隠れているかもしれない。
ゲルマニアは、兵士たちよりも先に、ふ頭に降り立った。自慢の剣を構え、周囲を見回す。ふ頭から少し離れた場所に死体がいくつも並べられているだけで、人の姿はどこにも見えなかった。
ただ、そこに並べられている死体が発する匂いは強烈で、ゲルマニアでも鼻を押さえなければならないほどであった……。強烈な日差しのせいで、腐敗が早まっているのだろう。ハエがブンブン飛び交っている。
彼女の後で船から下りてきた兵士たちも、鼻を押さえている……。他のシャルルたちも恐る恐るふ頭に下りてきて、強烈な異臭の洗礼を受ける……。マリアンヌは吐きそうになり、ふ頭から頭を出す形でシャルルに介抱してもらっていた……。
この強烈な匂いに平気そうなのは、ビクトリーぐらいのものであった……。
「町の様子を探るため、偵察チームを送るぞ!」
ビクトリーは、この荒れ果てた港町の現状を把握するために、偵察を送ることにした。30人ほどいる兵士たちは、皆マスケット銃を持っていたが、予測不能な状況での油断は禁物だ。偵察によって、ある程度の予測が可能となる。