愛憎渦巻く世界にて
翌朝の朝食の後、甲板に行ってみると、ムチュー王国とゴーリ王国がある大陸が水平線に見えた。ムチュー王国側の海外線であり、セヌマンディーらしき町と、大灯台らしき建造物の輪郭も小さく確認できる。
「あれがセヌマンディーね!!!」
ブリタニアは楽しげだが、他のシャルルたちは、悪いことが起きていないことを神に祈るばかりで、一片の感激すら感じられなかった……。
だが、非情なことにその祈りは、まったく神に届いていなかったようだ……。シャルルたちは目を見開き、現実を直視する……。
接近するにつれ、観光地からすっかり変わり果ててしまったセヌマンディーの姿が見えてくる……。マリアンヌの肩の震えがだんだんひどくなっていく……。シャルルの両手が彼女の肩を抑えるが、震えは止まらない……。嫌な臭いが鼻につく……。
セヌマンディー付近の海域には、撃沈された何隻もの船や大量の水死体が浮かんでいた。ネルソン号の腕がいい操舵手は、船員の誘導を頼りに、慎重に船を操縦する。だが、それでも多少の衝突は避けられず、嫌な音と振動が甲板に届く……。
海面にムチュー王国とゴーリ王国のそれぞれの旗が浮かんでいたので、2国間の戦闘がここで繰り広げられたということぐらいは、誰の目にも明らかだ。
……セヌマンディー名物であり、マリアンヌが自慢げに語っていた大灯台だが、それは岬に「残っていた」。
大きな岩で築かれた大灯台は、あちこちが穴だらけになっており、バランスを崩していることにより、海側に傾いていた……。もはや、いつ海へ倒れ、そのまま岩礁となってもおかしくない……。もはや、ただの大きな石造りの物体と化していた……。
セヌマンディーの町は、さらにひどい惨状を晒していた……。港湾内は、船の残骸や死体だらけで、シャルルたちの船が停まれそうなスペースを見つけるのは大変であった。
町を構成する石造りと木造の建物は、すべてどこか破壊されており、あちこちで黒煙が上がっているのが見える。まるで大津波の襲来後のような絶望的な光景が広がっていた……。
もはや、華やかな観光地である港町の面影などどこにも無く、悲壮な廃墟の集合体と化していた……。
シャルルたちは、ただ無言のまま、元美しき港町セヌマンディーの廃墟を眺めているしかなかった……。彼の両手から力が抜けていき、彼の抑えを失ったマリアンヌの肩は、狂ったかのように激しく震え始めた……。彼女は肩を震わせながら、その場にへたりこんだ。すぐ横にシャルルがいたが、彼には彼女を介抱する気力すらもう残っていないようであった……。
ゴーリ人であるゲルマニアとクルップは、戦争とはいえ自国の攻撃により、セヌマンディーが廃墟と化してしまったことに対して、とても気まずそうにしていた。ついこの間までの自分たちなら、勝利を祝い、宴を楽しんでいただろう……。しかし、今は事情が大きく異なる……。
そして、ブリタニアだが、彼女は荒れ果てたセヌマンディーの光景を見て、これ以上無いほど悔しそうにしていた……。航海中、マリアンヌにここの話をたっぷり聞いて楽しみにしていたので、彼女が悔しがるのも当然だった。今にも、「もう帰りたい」とか勝手なことを言い出しそうだ……。