愛憎渦巻く世界にて
目的地であるセヌマンディーに着くまでの数日間、マリアンヌとブリタニアは、そのセヌマンディーについて話していた。その港町への航海は順調に進んでおり、今夜には夜景が見えてくる頃らしい。
マリアンヌが楽しそうにブリタニアに説明しているのを見て、シャルルはほっとしていた。もしかすると、これほど楽しそうな様子の彼女を見たのは初めてかもしれない。自国の城に幽閉されていた彼女の暗い面影は、もうそこには無いようだった。
ちなみに、シャルルの横にいたウィリアムはというと、メアリーとチェスをしながら、ブリタニアがマリアンヌの話に夢中になっていてくれることに、ほっとしていた……。
シャルルたちとブリタニアが合流(?)したのは、タカミ帝国のハーミーズ要塞から出港してすぐのときであった。幸いなことに、船の検査は無く、無事にそのまま出港できたとのことだ。
すでに出港してしまっていることもあり、ブリタニアを要塞まで戻すということは無理であった。そのため、シャルルたちは、安全のためにブリタニアといくつかの約束事をつくった。たとえば、必ずそばにいることとかだ。「もう子供じゃないですわ!!!」とブリタニアは猛反発したが、マリアンヌが優しく説得してくれたおかげで、彼女は渋々納得してくれた。
その説得のやり取りから始まり、いつのまにかブリタニアは、マリアンヌを慕うようになった。彼女はいつもマリアンヌのそばにいるようにし、マリアンヌとともにいるシャルルを軽く威嚇していたほどだ……。
太陽が西の海原の向こうに沈み、また夜を迎えた。船の周囲の海面を、満月の明かりが控えめに照らしている。波音は子守唄のように静かだ。
シャルルたちは、早めの夕食を取り、甲板で休んでいた。食堂から、船員たちの楽しそうな喧騒が聞こえてくるが、眠れないほどうるさくはない。
ビクトリーの話によると、セヌマンディーへの到着予定は、明日の午前中とのことだ。一番到着を心待ちしていたマリアンヌは、幸せそうな笑顔を見せる。ブリタニアは、楽しそうに甲板をスキップしまくり、あやうく海へ転落しかけていた……。
「変だな。いつもなら、そろそろ見えてきてもおかしくないのだが」
おなじく早めの夕食を取ったビクトリーが、シャルルたちの近くを通りがかったときに呟いた。彼は、海原をぐるりと見渡している。
「何が見えるはずなんですか?」
シャルルが尋ねると、彼は南のほうに指をさし、
「このあたりまで来ると、目的地のセヌマンディーにある大灯台の灯りが見えるはずなんだが、なぜか見えないんだ……」
訝しげな口調で言った。
どうやら、このあたりの海域までムチュー王国に接近すると、大灯台の灯りが見えてくるはずらしいのだ。天候は良好の上、海の安全のためにある灯台に定休日があるとは思えないので、これはおかしいことであった……。
幸いにも天候に恵まれ、船の航行には影響は無いらしいが、ビクトリーの表情はたちまち、警戒心で満ち溢れていく。彼の警戒心の溢れた分は、シャルルたちに届いた……。
だが、悪い出来事はこれ以上起こることなど、彼らはもう考えたくも無かった……。悪い考えから逃げるかのごとく、シャルルたちは早めに寝床に着いた……。事情を知らないブリタニアは、きょとんとした様子で彼らを見ているしかなかった……。