愛憎渦巻く世界にて
もちろん、ブリタニアは、このまま荷物置場でかくれんぼしているつもりなど無かった。彼女は、「港行き」となっている木箱を見つけると開けて、中身を藁の山の中に隠し、するりと木箱の中に隠れた。
急いでいた彼女は気がつかなかったが、その木箱には「港行き」という文字の他に、「タカミ皇室 恩賜」という文字も刻まれており、中身はスコッチであった。偶然(作者の都合)にも、その贈り物が入った木箱の行き先は、シャルルたちが乗り込んだネルソン号であった。
ブリタニアは、木箱の中で聞き耳をピンと立て、外の様子を伺っていた。2人分の足音が聞こえてくる。
「ネルソン号が予定よりも早く出港するそうだ! それを今すぐ持っていけ!」
「ういっす!」
命令された作業員が、ブリタニア入りの木箱を運びだすと、彼女は必死に息を潜めた。作業員は口笛を吹きながら、彼女の木箱を、近くで待機していた馬車へ運んでいく。木箱の中身が、酒ビンではなく人間であることには気がついていないようだ。
「よっと!」
彼女の木箱は、少し乱暴に馬車の荷車に積みこまれ、その衝撃に彼女は悲鳴をあげそうになった。作業員は口笛を継続しつつ、馬車に乗り込み、港へと走らせた。
彼女の木箱は、ただ荷車の中に置かれただけであり、落下はしないものの、荷車の中を前後左右に勢いよく滑っていく。あまりにも激しく動くため、ブリタニアは気分が悪くなり、そのまま気絶してしまった……。
ブリタニアの木箱は、港に着くとすぐに、シャルルたちがすでに乗り込んでいるネルソン号に積み込まれた。クレーンで積み込まれいる間も、ブリタニアは気絶したままであった。もし違う船に積み込まれてしまったとしたら、どうするつもりだったのだろうか……。
それはさておき、無事にネルソン号に積み込まれた彼女の木箱は、船員たちの判断で、とりあえず厨房に置いておくことになった。出港祝いにと、さっそく恩賜のスコッチを飲むようだ。船員は、中身がスコッチ以外のものとは知らずに、彼女の木箱をウキウキした様子で運んだ……。
彼女の木箱が厨房に運ばれた後、厨房にいた給仕たちは、仕込みなどで忙しくなる前に休憩を取ることにした。木箱の中の彼女は1人、厨房に残された。
厨房から人の姿が消えてから少しすると出港となったのだが、そのときの船の揺れで、ブリタニアは目を覚ました。まだ箱の中にいて、外の様子を伺うことはできないが、船の上にいることぐらいはわかる。
「……まずいわね」
彼女自身、そんな都合よくシャルルたちの船に自分が乗せられているとは思わなかったらしい……。
少し焦っている彼女は、木箱を少しだけ開けて、外の様子を伺う。しかし、自分がどこかの船の厨房にいるということぐらいしかわからなかった。