愛憎渦巻く世界にて
第22章 コブシ
タカミ帝国の皇帝が発した「メッセージ」は大急ぎで、ムチュー王国とゴーリ王国に届けられた。タカミ帝国から伝書鳩を飛ばし、それぞれの国の大使館経由で、皇帝の「メッセージ」が書かれた書簡が両国にという流れだ。
だが、その流れの先で待っていたのは、怒りであった……。両国とも、これ以上無いほど驚き、そして激怒した……。ゴーリ王国の国王など、怒りのあまり、書簡を手渡したイーデン大使を斬殺しようとした……。
なにせ、「先に相手国の王女を殺したほうと同盟を結ぶつもりだったけど、やっぱやめるわ」という身勝手な内容なのだから、その怒りは当然のことであった……。とてつもない殺気が、大使たち使いの者たちに降り注ぐ……。その場から早く立ち去りたいという様子を、堂々と見せているほどだ……。もう下がっていいとなった途端、大急ぎでその場を後にする。
殺されかけたイーデン大使は、帰りの馬車の中で、
「これほど恥ずかしい日は生涯初めてだ!!!」
と、思わず大声をあげていた……。
「……国王陛下、兵を呼び戻します」
ムチュー王国の王城で、初老の軍事担当者が国王に恐る恐る言ったが、国王の耳には届いていないようだ。国王は、怒るのをやめて、唖然と座っていた……。今回の戦争に対する努力がすべて無駄に終わったのだから、ただ唖然とするしかないようだ……。
「国王陛下、兵を呼び戻しますよ。よろしいですね?」
軍事担当者がもう一度言ったが、国王は無反応だ。
これ以上言うのは時間の無駄だと考えた軍事担当者は、これでは仕方ないという様子で、兵を呼び戻すために、国王の前から立ち去ろうとした。
「待て!!!」
しっかりとした大きな口調で、国王が立ち去ろうとする軍事担当者を呼び止める。どうやら、一応耳には届いていたようだ。
「なんでしょう、国王陛下」
軍事担当者は立ち止まり、国王のほうに向き直した。
「兵を引き上げれば、ゴーリ王国がこの機会を狙って、侵攻してくるかもしれないじゃないか? 今の戦線を維持すべきなのだ」
国王は、ゴーリ王国がどさくさにまぎれて侵攻してくるかもしれないと考えていた。
「お言葉ですが、国王陛下。兵を引き上げなければ、この首都の防衛力が危険です。それに、ゴーリ王国も疲弊しているでしょうから、侵攻の心配は」
「裏をかくかもしれん! とにかく、戦線をこのまま維持せよ! そして、この書簡については、かん口令をひけ! 国民には絶対知らせるな!」
国王が強気でそう言い切ったので、軍事担当者はそれに従うしかなかった……。他の国王の側近たちは顔を見合わせて戸惑っていたが、国王命令には従うしかなかった。書簡の内容が知れ渡れば、怒りと失望に満ちた国民が、大混乱を引き起こすかもしれないという理由からだ……。
こうして、哀れな軍事担当者は、自分の部下たちにも書簡の内容は伝えず、今まで通りに振る舞うしかなかった。書簡の内容を知らない部下たちは、同じく書簡の内容を知らない兵士たちを連れ、戦場へと出発していく……。
この戦争の大義は、すでに失われていた……。