愛憎渦巻く世界にて
「それで、どこに連れて行く気だ?」
「ハーミーズ要塞ですよ。貴賓室があるので、そこへお連れします」
ゲルマニアの問いかけに、ビクトリーが答えた。
シャルルたちは、ビクトリーに連れられて、マーガレット島の道路を歩いている。ドックや造船所などの建物に挟まれた石畳の道路には、重そうな荷物を積んだ馬車が走っている。労働者たちによる活気が道路にまであふれており、とても軍港とは思えないほどであった。
すぐ横を通りかかった馬車の積み荷を見ていたゲルマニアによると、水や食糧だけでなく、大砲や砲弾なども運んでいたという。
「この港は、我が国最大の軍港ですからね。哨戒や護衛などの任務につく船の出入りが激しいんですよ。それにともなって、ドックや造船所が増えました」
ゲルマニアの話が耳に入ったらしいビクトリーが、簡単な解説をする。
その直後、ビクトリーは、何かを思い出したらしく、
「ウィリアム様。皇城を抜け出した後、どうやって、ゴーリ王国とムチュー王国がある南の大陸に行ったんですか?」
ウィリアムに尋ねた。どうしても、ウィリアムに尋ねておきたいことのようだ。彼は、メアリーに尋ねても、教えてはくれないだろうと考えていた。
「ウィリアム様。別に教える必要はありませんよ。皇帝陛下にはお伝えする必要がありますが」
メアリーは、はっきりとそう言った。彼の予想は的中したということだ……。
しかし、ウィリアムは、別に構わないといった調子で、
「ある港町で、ムチュー王国へ向かう貿易船に、こっそりと潜りこんだ。積み荷である紅茶の茶葉が入っていた木箱の中に隠れていたのだ。その分の紅茶の茶葉は、海に捨てるしかなかったがな」
そうスラスラと説明してみせた……。
「なるほど! そのたくましさは、タカミ人として誇らしいですよ!」
ウィリアムの話を聞いたビクトリーは、嬉しそうにそう言った。その誇らしげな口調から、お世辞でないことぐらいはわかる。
しばらく歩くと、とりあえずの目的地であるハーミーズ要塞へと渡る石橋に着いた。正確には、サッチャー島への橋なのだが、島全体が完全な要塞となっているとのことだ。
ちょうど、濃霧が晴れようとしているところだった。シャルルたちは、その石橋の前で、思わず立ち止まり、晴れた霧の中に広がるハーミーズ要塞の景色を眺めることとなった……。
頑強な岩から切り出した石材からなる壁が、島の海岸線びっしりにそびえたっている。その壁は高く、壁の上にある凹凸部分には、兵士や大砲があるのが見えた。その壁の向こうの要塞の内側がどうなっているかなど、シャルルやゲルマニアなどには想像すらできなかった。
敵だけでなく味方も寄せつけないような威圧感を、その要塞は徹底的に発していた……。
「凄いとしか思えないでしょう?」
ビクトリーは誇らしげに言った。まさに、そのとおりである。
「…………」
ウィリアムとメアリーはともかく、シャルルたちは返す言葉が無い様子だった。ゲルマニアなど、感心しているぐらいである……。