愛憎渦巻く世界にて
「ナイフランド諸島だぞ〜〜〜!!!」
到着予定日の明け方、シャルルたちが乗る船の見張りの船員が、マストの上の見張り台から大声で叫んだ。その大声に、船長や船員たちだけでなく、シャルルたちも次々に起き始めた。そして、シャルルたちは、起きるとすぐに、船の周囲を見渡してみた。
シャルルたちの船は、海に漂う濃霧に囲まれていた。ただ、船から前方の左寄りに、灯台の炎が見えた。その灯台は、ナイフランド諸島の港があるマーガレット島の灯台らしく、これからその島に入港するようだ。
「どうやら、濃霧で要塞が見えないようだな。普段はいい眺めなんだが」
シャルルの隣りにいるウィリアムが、残念そうに呟く。この濃霧が無ければ、ここから良い景色を望めるのだろう。
「すごい場所なのか?」
「すごいも何も、世界一の軍事拠点なのだぞ!」
ウィリアムが自慢気にそう言うと、ゲルマニアはおもしろくなさそうに、
「フンッ。要塞は動けんのだぞ」
そう言い捨てた……。
ナイフランド諸島のマーガレット島の港に、シャルルたちの船が入港していった。濃霧のため、接岸までに時間がかかった。船が埠頭に接岸すると、シャルルたちは、ビクトリーへの別れの挨拶を済ませ、さっそうと船から港へ降りた。
この港は軍港らしく、多くの軍艦が停泊していた。シャルルはもちろん、ゲルマニアやクルップも知らないようなタイプの帆船があり、タカミ帝国の高い軍事力を目の当たりにすることとなった。しっかりとした石造りの埠頭を、兵士や港湾労働者たちが歩き回り、普通の港とは違う空気が流れている。
何人かの兵士や港湾労働者たちは、珍しい物を見るような目つきで、シャルルたちを見ていた。確かにここは、まだ少年少女であるシャルルたちがいるような場所ではない。しかし、そのうちの何割かは、ウィリアムのことを知っていたらしく、驚きの目をしていた。
さっきのビクトリーとの別れの会話の際に彼は、伝書鳩に届けさせた手紙の中で、シャルルたちを案内する人物を港に寄越すよう伝えておいたという。その人物とは、このナイフランド諸島のハーミーズ要塞の司令官であるハリアーという男らしい。
しかし、しばらくそのまま埠頭で待っていても、ハリアーという名前の司令官はおろか、下っ端の兵士もやってこなかった。
「あれ!? まだ誰も迎えに来ていないんですか!?」
船から降りてきていたビクトリーが、シャルルたちがまだいるのを見つけて、首をかしげながら近づいてきた。
「ああ、誰もこない。そのハリアーという男は、物忘れが激しい年寄りなのか?」
「いいえ、私と同い年です。性格は全然違いますが、アイツもしっかりした奴ですよ」
「しかし、そのしっかり者は、ここにいないぞ?」
ウィリアムがはっきりとそう言うと、ビクトリーは申しわけなさそうにしていた。
「ウィリアム様。もう少しだけ、ここで待ちましょうよ」
気まずい空気が流れる前に、マリアンヌが助け舟を出したが、
「いいえ、これ以上ここでお待たせしておくわけにはいきません! 私が御案内致しますので、ついてきてください!」
ビクトリーはそう言い切ると、勇ましく歩き始めた。
シャルルたちは、スタスタとした立派な足取りで進んでいくビクトリーのあとに続く。ビクトリーを先頭にシャルルたちが歩いている光景は、はたから見るとシュールらしく、通りかかった兵士などがポカンと見ていた……。