愛憎渦巻く世界にて
「あの、甲板で寝ます」
「私もそれで構わない」
マリアンヌとゲルマニアが、ビクトリーにそう言い出した。その途端、ビクトリーは、何を言っているんだ的な表情になり、この2人は冗談を言っているのだと思った。まさか、王女であるこの2人が、下っ端の船員のように甲板で寝るとは思えないからだった。
「ぼくも甲板でいいです」
「仕方ないが、オレも甲板で辛抱するよ」
シャルルとクルップもそう言い出し、シャルルたちはおやすみの挨拶を済ませた。そして、甲板組である4人が甲板へと向かいだしたときになってから、さっきのセリフが冗談ではないことにビクトリーが気づいた……。
「ちょ…ちょっと待ってください!!! 王女であるマリアンヌ様とゲルマニア様に、甲板で寝てもらうわけにはいきませんよ!!!」
ビクトリーは大慌てで、マリアンヌとゲルマニアを止める……。
「大丈夫だ、船長。ムチュー王国から出る船に乗っていたときに、甲板で寝ることを既に経験している」
「そういうことですので、甲板でも大丈夫です」
マリアンヌとゲルマニアは、平然とそう言ってみせたので、
「わかりました。ですが、くれぐれも気をつけてくださいよ!」
ビクトリーは了承せざるをえなかった。そのときのビクトリーの表情は、まるでカルチャーショックを受けているかのようであった……。
シャルルとマリアンヌとゲルマニアとクルップは甲板へ、ウィリアムとメアリーは貴賓室へと向かう。そして、すぐに眠りについた。みんな、もうすっかり疲れていたのだ。
ただ、ゲルマニアだけはときどき目を覚まし、クルップがマリアンヌの寝首をかかないように見張っていた……。しかし、彼は大きくイビキをかいて熟睡しており、彼の眠り方を熟知しているゲルマニアは、見張るのをやめて、自分も熟睡し始めた。静かな波の音が、夜闇の中から聞こえてくる。
翌朝の日の出後、シャルルたちは、ほぼ同時刻に目を覚ました。ゲルマニアは飛び起きて、マリアンヌの無事を確認し、呑気そうに寝ぼけているクルップの目を覚まさせた……。
船長や船員たちは、日の出前に起きており、それぞれの仕事をもう始めていた。同じ人間が、夕食のときに馬鹿騒ぎしていたとは思えないほどだ。船の帆は、朝の心地よい風に吹かれて膨らんでおり、快晴の下、シャルルたちを乗せた船は、スムーズに海原を進んでいた。周囲に島や他の船は見えず、渡り鳥がときどき船の上を通り過ぎていく。その渡り鳥が発する鳴き声とたなびく帆の音が、甲板にいるシャルルたちや船員たちの耳に届いている。
シャルルたちは、目的地であるハーミーズ要塞に着くまでの日々を、それぞれうまく過ごしていった。退屈そうだったが、久しぶりのおだやかな日々に安堵しているようだ。もちろん、シャルルたちは、この戦争を自分たちが止めるのだということを忘れたわけではない。ただ、このおだやかな日々に水をさしたくはなかったのだ……。