愛憎渦巻く世界にて
ビクトリーは、シャルルたちを船の食堂へ案内してくれた。太陽は、西の海面に沈もうとしており、きらめき始めた星々が、夕食の時間であることを告げている。
船の食堂には、長く大きな木製テーブルが、並ぶ形で3つ据え付けられており、そのテーブルと平行して、同じ長さの木製イスが据え付けられている。テーブルとイスが固定されているのは、船が大きく揺れた場合に備えているからだ。
そして、その食堂は、船員たちでいっぱいであった。テーブルの上には、塩漬け肉と固いビスケットとエンドウ豆のスープが並んでいたが、それらを圧倒するかのように、ビールなどの酒が鎮座していた。
「コイツ、野蛮人にビクビクしていたんだぜ!!!」
「オマエのほうがビクビクしていたように見えたぞ!?」
食堂はとにかく騒がしかった。勇ましい船乗りの男たちなので、ワイワイ騒ぐのも仕事の一つという感じだ。テーブルは、ビールがこぼれたりしていて汚く、場末の大衆酒場といった雰囲気を醸し出していた。
ビクトリーは、気まずそうにシャルルたちの顔を見た後、
「オイ、みんな!!! この船には今、ウィリアム殿下と2人のお姫様が乗っておられるということを忘れるんじゃないぞ!?」
ウィリアムなどに配慮するよう叫んだ。だが、騒がしさと酒のせいで、誰も話を聞いていない様子であった……。ビクトリーは、音量を上げてまた叫ぼうとしたが、
「ビクトリー船長。私たちは構わないから、このままにしておいてやってくれ」
ウィリアムがそう言ったので、叫ぶのをやめた。しかし、やはり気になるらしく、マリアンヌとゲルマニアのほうにも目をやる。
ビクトリーの視線に気づいたマリアンヌとゲルマニアは、黙ってうなずき、大丈夫だということを彼に伝えた。彼は、2人の「これぐらいたいしたことではない」といった感じの堂々とした様子に、ただ感心していた。
「わかりました。ですが、もし絡まれたら、すぐ呼んでくださいね」
彼はそう言うと、残りの仕事を早く片付けるために立ち去っていった。
端っこのほうの席がいくつか空いていたので、シャルルたちはいっしょにそこに座った。ビクトリーから指示を受けていた3人の給仕が、馬鹿騒ぎをしている船員たちの間を縫い、夕食を持ってきてくれた。
「こんな物しかなくて、申しわけありません」
3人の給仕は、恥ずかしそうに夕食をテーブルに置いた。
給仕たちが持ってきた夕食のメニューは、船員たちと同じで、辛い塩漬け肉と固いビスケットとエンドウ豆のスープとライムが皿に乗っていた。ただ、給仕たちは気をつかってくれたらしく、食器はビクトリーが使っている豪華な食器で、いれたての温かい紅茶が入ったポットも持ってきてくれた。
給仕たちの精一杯の気遣いは、シャルルたちに十分伝わったし、彼らはもう腹ぺこであった。とにかく何か口に入れたいのだ。
「いや、ありがとう」
ウィリアムが笑顔でそう言うと、給仕たちは安心した様子で厨房に戻っていく。
すると、シャルルたちは、脇目もふらずに、夕食を必死に取り始めた……。船員たちのような下品な食べ方だったが、ウィリアムとマリアンヌとゲルマニアも、テーブルマナーなど気にしていない様子であった……。いろいろと苛酷な長旅のおかげで、そんなものなどどうでもよくなってしまっていた……。メアリーも、それに注意する気は無いらしい。