愛憎渦巻く世界にて
「……それで、本国のほうに、ウィリアム様たちを保護したことをお伝えしてもよろしいですよね?」
思い出したように彼は、甲板の手すりの近くで伝書鳩を抱えている船員を指さしながら、ウィリアムに尋ねた。この白い伝書鳩がこれからタカミ帝国に届けるのは、シャルルたちを保護したという手紙だ。
「ああ、構わないぞ」
ウィリアムがそっけなくそう言うと、
「それでは、本国に連絡します!」
彼はほっとした様子でそう言うと、くるりと振り返り、
「よし、そのまま飛ばせ!!!」
伝書鳩を抱えている船員に向かって、大声で叫んだ。トラアン島までも届きそうなその大声に、シャルルとマリアンヌは一瞬びくっとなった……。
「わかりました!!!」
伝書鳩を持っている船員は、ビクトリーにそう叫び返すと、伝書鳩を飛び立たせた。
船員が放った伝書鳩は、北の方角へ飛んでいく。ウィリアムやシャルルたちを無事に保護したことを伝える文書を、本国であるタカミ帝国まで運んでいくのだろう。かなり訓練されている伝書鳩らしく、海風にものともしない様子で一直線に飛んでいった。
ビクトリーは、シャルルたちのほうに向き直ると、
「さて、これから『ナイフランド諸島』に向かいます」
ビクトリーは、この船の行き先をシャルルたちに告げた。しかし、ぶっちゃけ、ただの農民であるシャルルは、その諸島の名前すら知らなかった(もちろん、読者さんもだが)。
「ナイフランド諸島は、タカミ帝国の大陸に半分ほど囲まれて浮かぶ2つの島だ」
ゲルマニアが、シャルル(および、読者さん)のために、簡単に解説した。
「そこには、世界最強の軍事拠点である『ハーミーズ要塞』があるのよ」
メアリーは補足をしたわけだが、
「何を言っている! 世界最強なのは、我が国の都だ!」
ゲルマニアが、即座に反論した……。
「あら? そちらの都には、骨董品レベルの大砲が何個あるのかしら? ハーミーズ要塞には、最新式の大砲が何百個もあるのよ?」
メアリーは、挑発的な口調で、ゲルマニアに言い返した……。
それからすぐに、ゲルマニアとメアリーの激しい口論がスタートしたわけだが、そんな長々としたものを書く気は無いので、省略してしまうこととする……。
ゲルマニアとメアリーが、女同士特有の陰険な口論を繰り広げているのは放置し、シャルルたちはビクトリーの話を聞くことにした……。
ビクトリーによると、目的地であるナイフランド諸島まで、10日ぐらいかかるらしい。そして、もしかすると、船が到着する前に、返事の手紙を伝書鳩が運んでくるかもしれないということで、そのときは教えてくれるという。
彼の話が終わった時点で、いつのまにか、ゲルマニアとメアリーの口論は終結していたが、2人ともムスッとしており、勝敗を尋ねる者などいなかった……。
最後に彼は、ムチュー王国の王女であるマリアンヌとゴーリ王国の王女であるゲルマニアに、恭しく挨拶をした。すると、2人の王女は彼に、自分たちを保護してくれたことへの感謝の気持ちを伝えた。彼はそれに、明るい笑顔で応えてみせた。