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愛憎渦巻く世界にて

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 そのときになって、この船の船長を乗せたボートが到着した。縄バシゴが降ろされると、船長は慣れた様子で縄バシゴを昇っていく。
 いつのまにか砲撃は止んでいたが、甲板にも漂っている火薬の煙の匂いから、いかに激しい砲撃だったかが、誰にでもわかる。おそらく、次のタカミ帝国の皇帝となるウィリアムを危険な目に合わせたことに対する報復なのだろう。トラアン島からはもう、生き物の気配を感じることができなかった……。クルップだけでなく、シャルルとマリアンヌとゲルマニアも、思わずぞくっとした……。

「やあ!!! あらためて、こんにちは!!!」

 そんなホラーな空気を打ち消す明るい大声が、こっちへ歩いてきている船長の口から届いた。船を眺めていたシャルルたちは、一斉に船長を見る。
「私は、この船の船長であるビクトリーです!!! みなさん、ネルソン号へようこそ!!!」
ビクトリーという名前の船長は、すっかり日焼けしており、立派な軍服と帽子が不自然な感じに見えた。服の上からでもわかるほどのムキムキの筋肉は、敵を寄せつけない威圧感を放っていた。背丈は、シャルルたちの中で一番高いゲルマニアよりも少し高かった。
「助けてくれたことを感謝する」
ウィリアムは、ビクトリー船長にお礼を言った。
「いえいえ、自分の仕事をしただけですから!」
ビクトリーは笑顔でそう言うと、シャルルたちを心配そうに見回し、
「誰かおケガをされている方は?」
ウィリアムに、シャルルたちにケガの有無を尋ねた。
「私も彼らも大丈夫だよ。そうだな?」
「服が汚れてしまったぐらいですわ」
「うん」
シャルルとマリアンヌとクルップは、砂浜でついた砂を、服からバサバサと払い落とした。砂がうっすらと積もる。

 ビクトリーはほっとした様子を見せると、マリアンヌとゲルマニアのほうを向き、
「ムチュー王国のマリアンヌ様とゴーリ王国のゲルマニア様、本艦にようこそ!」
恭しく挨拶した。
「あの、危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
「保護していただいてことに、国を代表して礼を言う」
マリアンヌとゲルマニアがお礼を言うと、彼は恐縮した様子で、
「いえいえ、仕事の1つとしてやっただけのことですから!」
そう返事した。そして、今度は、シャルルとクルップのほうを向き、
「それで、おまえたちは何者なんだ?」
恭しくない口調で尋ねた……。ビクトリーの目つきは、うさんくさい物を見ているような感じであった……。

 シャルルは、旅立ったときに着ていた農民の服装だったし、クルップは、騎士の鎧を着ていたので、怪しまれるのは当然のことであった……。自己紹介をちゃんとできなかったら、船から放り出されそうだ。

「彼はシャルルという名前で、私の友人だ」
「その男は私の部下なので、同乗を許していただきたい」
シャルルとクルップが自己紹介する前に、ウィリアムとゲルマニアがそれぞれ紹介した。
「……そ…そうですか。そういうことでしたら、いいですよ……」
ビクトリーは戸惑いながらも、シャルルとクルップの同乗を許可してくれた。

作品名:愛憎渦巻く世界にて 作家名:やまさん