愛憎渦巻く世界にて
第20章 キコウ
トラアン島への砲撃は、まだ激しく続いている。島にいる蛮族は悲鳴をあげているが、その悲鳴が文明人の耳に届くことは無さそうだ……。
そんななか、シャルルたちを乗せたボートは、大きな帆船に横づけした。ボートのこぎ手の一人が帆船に向かって何か叫ぶと、帆船の甲板から縄ばしごが下りてきた。これを使って、甲板に上がるわけだが、シャルルとマリアンヌはもう疲れ果てており、一人で縄ばしごを昇るのは無理そうなほどであった。
「私はシャルルを、ゲルマニアはマリアンヌを助けてやってくれ」
ウィリアムはそう言うと、よろよろと縄ばしごを昇り始めているシャルルの尻を片手で押してやりながら、自分も縄ばしごを昇り始めた。もちろん、ゲルマニアもマリアンヌを同じように助けてやった。
「ゲルマニア様、オレがやりますよ」
「いや、おまえはいい」
クルップの申し出を、ゲルマニアがすぐに却下した。彼女たちはまだ、ジャングルでの1件を知らないため、クルップがマリアンヌやシャルルに危害(不幸な事故に見せかけた)を加えるかもしれないと恐れていたのだ。
そこで、シャルルとマリアンヌは思い出したように、
「ああ、クルップ。ジャングルではありがとな」
「そういえば、お礼を言い忘れてしまいました。私からも、ありがとうございました」
と、クルップに礼を言った。
「……なんか、変な気分だな」
クルップは、恥ずかしそうに苦笑いしていた。
「…………」
ジャングルでの一部始終をまだ知らないウィリアムとメアリーとゲルマニアは、わけがわからないという表情で、シャルルとメアリーとクルップの顔を見比べていた……。ウィリアムなど、急に力を緩めてしまい、シャルルが落下しかけていた。
甲板に上がったシャルルとマリアンヌは、すぐにジャングルでの1件を語り始めた。ウィリアムたちは縄ばしごを昇りながらそれを聞き、甲板に上がると、疑うような目つきで、シャルルとマリアンヌを見ていた。どうやら、クルップがシャルルとマリアンヌを脅していると思っているようだ……。
「海に叩き落として、沈めてしまいましょうか?」
メアリーが、甲板に上がってこようとしているクルップに後ろ指をさしながら、物騒なことを口走った……。
「本当のことです!」
マリアンヌがしっかりとした口調でそう言ったので、ウィリアムたちはとりあえず納得することにした。しかし、
「念のため、ちゃんと見張っておきなさいよ」
用心深いメアリーは、ゲルマニアにそう耳打ちした。ゲルマニアは、仕方がないという様子で、ただ無言でうなずいていた。
シャルルたちは、とりあえず、自分たちがいるこの大きな船の甲板を見回してみた。ボートから見たときも、船の大きさに驚いていたが、こうして甲板を見てみると、いかに大きい船であるのかがよくわかる。横の幅は、シャルルたちが乗っていたガレー船の倍近くあった。ゲルマニアとクルップも大きさに驚いていたので、彼らの国の船よりも大きいのだろう。甲板からはためく帆へは、すぐには数え切れないほどの数のロープが伸びている。
広い甲板の上を、船員たちが忙しそうに動き回っている。タカミ人である船員たちは、ムチュー人であるシャルルとマリアンヌや、ゴーリ人であるゲルマニアとクルップを、珍しい物を見るかのように見ていた。ある若い船員など、ボートを甲板に上げる作業中に、ゲルマニアをじっと見つめてしまっており、年配のベテラン船員に怒鳴られてしまっていた……。